RENAULT Kangoo ZEN 1.2T

ルノーがちょっと前から、各車のベーシックグレードに「ZEN」という言葉を使い始めた(欧州では若干豪華なグレード)。これは何を意味するのか。「ZEN」はフランス語で「冷静」や「落ち着き」という意味があるそうだが、そのままの意味なのか。もしくは「禅」と同じ響きであることから日本文化への憧れを示したものなのか。それともまったく別の意味があるのだろうか。カングーにおける「ZEN」を考えてみる。

 

2013年のマイナーチェンジで現在の顔になったカングー。もはやこの“アッカー顔”も見慣れたデザインになったカングーが欲しい人は迷わない!?

早いもので、カングーが2世代目になって10年になった。日本には2009年に入ってきたから、8年か。導入当初こそ「大きい、重い」とネガな部分がフューチャーされたが、いまとなってはすっかり受け入れられ、そんな声もあまり聞かれなくなった。
2011年にマイナーチェンジされた後、ビバップをはじめ、数々の特別仕様車が発売された。2013年

車重は1.6リッターの5MTモデルよりも10kg増。1430kgだ

に2度目のマイナーチェンジがあり、現在のいわゆる“アッカー顔”のカングーになった(デザイン部門のチーフであるフローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏の名前から)。トランスミッションにおいては、一時期はATのみのラインナップだったのが、ユーザーのニーズからMTを加えることになったのもカングーならではかもしれない。
現在のルノージャポンのサイトを見ても、およそ日本車では考えられない仕様が並んでいる。1.2リッターターボの「ゼンEDC」と「ゼン6MT」、「アクティフ6MT」と1.6リッターの「ゼンAT」。スポーツモデルでもないのに、マニュアル仕様が2つもあるというだけで、日本市場では異色の存在だ(ゼン6MTとアクティフ6MTはパワートレーン的には同様なのだが)。ただ、カングーの出自やユーザーがカングーに求めるものを考えると、このラインナップは異色ではなく、当然の結果なのかもしれない。そう。そもそもカングーは、カングー1の時代から他のクルマと比較するようなモデルではなかったような気がする。カングーが欲しい人は、キューブと迷ったりしない。シエンタと迷ったりはしない。カングーが欲しい人は、カングーじゃなきゃダメなのだ。
国産車を含む他社の同カテゴリーのクルマには、荷物いっぱい積めます。人もたくさん乗れます。しかもかっこいいですよ! といったようなどこか客にこびているような要素を感じられるが、カングーにはそういうものがほとんど感じられない。程度の大小はあれど、これはルノー車全般に言えることでもあるが、媚びているような華美さは一部グレードを除いてほとんどないとも言える。

 

搭載されるエンジンは直噴の1.2リッター直4ターボ。115psと19.4kgmを発生する。現代的な「アイドリングストップ」や「ヒルスタートアシスト」なども装備される個人的には、ターボは感じる。

当該車は先述したラインナップの中にある「ゼン6MT」。最も注目すべきはエンジンで、1.2リッターの小排気量にターボを組みあわせたもの。燃費を向上させながら、2リッター並みのトルクを発生させる“おいしいとこ取り”のダウンサイジングエンジンだ。
よくこの手のエンジンは「ターボが付いているとは思えない」と評されることが多いが、個人的には小排気量のエンジンほど、ターボっぽさを感じると思った。この1.2リッターターボも例外ではなく、アクセルペダルを踏み込むと、明らかにターボの力を借りて加速している感じが受け取られるのだ。ただ、それが不自然かと言われるとそうではなく、非常にスムーズかつ滑らかな加速で気持ちがいい。上まで引っ張るよりも、トルクがグワッと盛り上がってきたらすぐにシフトアップしてつないでいったほうがこのエンジンの味わいを存分に感じられると思った。小排気量の欧州車だから、ガンガン回して乗りたいところだが、その乗り方はいまの時代にはそぐわない。

 

もはや見慣れたインテリア。6MTは適度な節度感があり、動作も軽く、滑らか。シフトチェンジする感覚が心地いい。ナビの画面がちょっと遠いが視認性に問題はないECOモードめ。

あと気になったのは、日常の運転でよく遭遇するシーンでのこと。これは自身が1トンを切る1.6リッターのクルマに乗っていることが大きいのだが、たとえば、信号交差点で左折しようとして、横断歩道を渡ってくる歩行者に気づき、ギアを2速に入れたまま、アクセルを緩める。当然、エンジンの回転が落ち、速度も落ちる。歩行者が渡り切ったので、再びアクセルを踏むと、トルクがついてこず「おっとっと……」となることがあった。これは乗っていればすぐに慣れるので、なんら気にすることではないが、ダウンサイジングターボは一般的な排気量を持つ自然吸気エンジンと変わらないフィーリングを持っている、というわけではないことが言いたかった。ましてや1.5トンに届きそうなクルマである。この車重を持つクルマにダウンサイジングターボエンジンを載せると、スペックだけでは分からない個性が表出するのだ。
前席のシートは現代のルノー車を代表する座り心地。以前よりしっとり、もっちり感は薄れたが、疲れないシートであることには変わりないしかし、シフトレバーの後方あたりを見て気がついた。「あ、ECOモードになってる」と。ECOモードがONになると発進の加速でアクセルを踏み込んだ際、トルクの出方が穏やかになるように制御されるらしい。それによって燃費を10%ほど向上させるというのだが、燃費にはほとんど興味のない私。さっそくボタンを押してECOモード解除。すると上述の「おっとっと……」はすっかりなくなる……とまでは言わないが、ECOモードの痛痒感からはいくぶん開放された。

 

後席は前席に比べてシートの厚みが少し薄い気がする。折りたたむことを考えると致し方ないかカングーに諭される。

エンジンは最新のダウンサイジングターボに変わったが、足回りはこれまでと変わらない素晴らしさを提供してくれる。たしかに最新のエンジンに比べると、足回りは少々古臭い印象を受けるかもしれない。しかし、これこそがカングーならではの個性であり、伝統的なルノーらしい足回りをもっとも素直に表現していると言ってもいいくらいだ。
これだけの背丈があっても、スタビリティに不安はない。前後ともサスペンションはしっかりとストロークするからロールもするのだが、それがまったく不快ではない。いや、不快どころか、しなやかにロールしながら曲がっていく感触は「クルマって、そもそもこうやって曲がっていくものでしょ?」と諭してくれているような気さえする。
航空機のそれを小さくしたようなコンパートメント。これもカングーらしい個性だそこで私はハッとするのだ。技術が進化し、様々なデバイスによって足回りはどのようにも味付けができるようになった。しかし、カングーに乗ると「基本的な設計を細部まで煮詰めていけば、そんなデバイスに頼らなくても、気持ちのいい足回りはつくれるんだよ」と言われているかのように感じる。最新の技術は最小限にして、既存の技術をどこまで突き詰めていけるのか。やみくもに電気を使うのではなく、ルノーのお家芸でもあったターボ技術を使い、信頼性や耐久性を維持したまま、どこまで最良のバランス点まで性能を引き上げることができるのか。あくまでも想像だが、ルノーはそんなことを考えてクルマづくりをしているのではないか。

 

豪華であればいいというわけではない。

ルームミラーのところに小さなミラーが追加されていた。死角を減らすためのものだろうか。後席に乗った子どもを見るためのものでもある、という噂もあるがシートもそうだ。個人的にカングーのシートは、1.4リッターの頃のが最高だと思っているのだが、このカングーもそのテイストをしっかりと残しながら、現代的なシートにリファインされている。デザインこそオーソドックスだが、座ってみるとシートに接している身体のどこかに力が集中することはなく、満遍なく受け止めてくれる。そして横Gがかかっても、この手のシートにしてはあんがいホールド性があることに気付く。シートに求められるあらゆる要素を追求し、ここまでつくりこんできたのだな、という印象を受ける。
インテリアに目を移しても、もはや見慣れた光景である。商用車ベースであることから、インテリアの質感はプラスチッキ―でチープだ、という評価が付いて回るが、はっきり言ってそんなことはどうでもいい。これがカングーであり、何かと比較して云々の話は、正直言って意味がない。豪華であればいい、というわけでは決してないのだ。

 

ダブルバックドアは、左右ドアがそれぞれ2段階に開く。狭い場所でも開閉が容易だ。荷室は高さ1155mm、幅1121mm、奥行き611mm。後席を倒せば1803mmに拡張できるカングーよ、悟ったか。

このカングーは、2014年モデルなので、大きな括りでは最新のクルマと言ってもいい(2017年現在において)。しかし、乗ってみると、どこか懐かしいような、ホッとするような安心感がある。それは自分がもう古い人間だからだろうか。3ペダルで、マニュアルで、という古典主義だからだろうか。いや、どうも違う気がする。これがEDCであっても、ATであっても、マニュアルよりは薄れるかもしれないが、ホッとする安心感はおそらく同様に抱くだろうと思う。それはなぜだろうか? とずっと考えているのだが、明確な答えが出ない。
ただ、何となく感じるのは「やり過ぎなさ加減」がフィットするのかもしれない。カングーは身の丈をわきまえている。カングーは他のクルマに対抗心を燃やしたりしない。カングーはシンプルである。カングーはいつも人に寄り添い、生活の一部として機能している。カングーはいたずらにハイテクに頼らない。カングーは謙虚である。カングーは迷いがない。カングーはクルマ本来の性能を見つめ直している。カングーは運転する楽しさを与えてくれる。
タイヤサイズは195/65R15ここにきて、カングーは完熟したのだと思った。「ZEN=禅」のごとく、何かを悟ったのではないか。「足ることを知り」、「随所快活(*1)でいること尊び」、そのためには「無駄を省き」、「初心に還る」。まさに禅の思想である。
モデルチェンジを重ねるたびに、過剰とも思える快適装備を積み、ライバルに見劣りしないように華美な装飾を与える。テクノロジーを見せつけるために、ハイテク装備で固め、その結果、人間の感覚を置き去りにしてしまう。クルマ業界全体がそのような方向へ向かいつつある中で、カングーはモデルチェンジを重ねても、依然としてクルマの本質を見つめつづけている。
カングーじゃなきゃダメなんだ、というユーザーは、明確ではないにしろ、カングーのそんな部分に共感し、カングーを求めているのかもしれない。

 

*1 随所快活……自分らしく自然体でいること

 

 

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

 

2014y RENAULT Kangoo ZEN 1.2T
全長×全幅×全高/4280mm×1830mm×1810mm
ホイールベース/2700mm
車両重量/1430kg
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ直噴ターボ
排気量/1197cc
最大出力/84kW(115PS)/4500rpm
最大トルク/190Nm(19.4kgm)/2000rpm

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One Response to “RENAULT Kangoo ZEN 1.2T”

  1. すずき@PMG4 より:

    蛇足ですが、ZENは欧州では、中堅の装備で、下には、快適装備を省略した若干廉価版の装備簡略仕様が存在します。
    が、要るモノをオプションで着けると、ZENと価格差あんましなくなっちゃうのです。
    でも、向こうの人、あまりの合理的すぎて、エアコンすらなくてもいいとか言うもんだい、ZENって向こうでは結構豪華仕様扱いですねぇ・・・あんま見ないらしい。

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