Alfa Romeo 145 Quadrifoglio

メイン0784  人間、誰しも二面性を持っているという(二面どころじゃない、多面性だ、という意見も否定しない)。表と裏、光と陰、純粋と不純、善と悪、美と醜、賢と愚……。それはまるでどちらか片方に偏るのを防ぐために、バランスを取るかのごとくである。どちらが本当の自分なのか? よくそんな話題が上るが当然、どちらも自分であり、どちらかだけが自分であるはずはない。二面性は魅力である。単純さから抜け出す術でもある。A面とB面、その両方があるからこそ、人間性に深みと神秘性を与え、より複雑で味わい深い存在になるのである。では、道具のひとつであるクルマはどうだろうか。

フロント0776カラス天狗。

じつはアルファロメオ145は、以前に乗ったことがある。いや、乗せてもらったことがある。当時、フィアット&アルファロメオ・モータースジャパンがインポーターだっただろうか。知り合いのデザイナーがこのクルマを買って、何かの取材の際、助手席に乗せてもらったのだ。待ち合わせ場所にさっそうと乗り付けたデザイナー氏。僕はこのクルマの顔を見た瞬間「カラス天狗だ!」と思った。その素直な感想をデザイナー氏に伝えようと思ったが、カラス天狗というたとえが果たして良いイメージなのか悪いイメージなのか量りかねたので、口に出すのを止めた。いずれにせよ、すごいインパクトだったことは間違いない。こんなどうでもいいことをいまだに憶えているくらいだから。
クルマに乗り込んでも、驚きは消えなかった。外観ほどではないが、直線基調で仕切られた空間はモダンなデザイナーズファニチャーのような印象だった。僕は助手席側のダッシュボードを深くえぐったデザインを見て「さすがイタリアですねぇ」と、よく意味の分からない感想を述べた。デザイナー氏もそれを聞いて笑顔を浮かべていたのが印象的だった。

リア0775フラット4からストレート4。

145は11年続いた33シリーズの後継車として1994年のトリノショーでデビューした。後継車と書いたが、33は5ドアハッチバックしかないのに対し、145は3ドアハッチバックのみ。3ドアハッチバックを基調に考えれば、33の前のスッドが実質の先代ということになるだろうか。またFFアルファの先駆者的モデルでもある。スパイダーが生産終了したことで、FRアルファが絶滅し、145の誕生を発端にそれ以降はFFかそれをベースにした4WDモデルに移行していくからだ。
シャシーはフィアット・ティーポのフロアパネルをベースにしており、エンジンはスッド、33シリーズにも受け継がれてきた水平対向4気筒を搭載。さらにこのフラット4にはシングルカムとツインカムがあり、8Vは1351cc・90psと1596cc・103psの2種類が、16Vは1712cc・129psの1種類がラインナップされている(その他にも1929cc・90psのディーゼルターボがある)。すずきさん曰く「過去に1.7 16Vのフラット4に乗ったことあるけど、いかんせん、アンダーパワー。廻るのは廻るが、いまいちパンチがないというか、上り坂だとエアコンオフにしたくなるくらい」とのこと。その後、直列4気筒DOHCのツインスパークエンジンになり、排気量も1.4~2.0リッターまで4種類が用意された。
日本に入ってきたのは1996年のことで、スポーツモデルにあたる「クワドリフォリオ(RHD・5MT)」のみが輸入された。エンジンは2.0リッターのツインスパークエンジン1種類。初期型は150psだったが、マイナーチェンジ後は155psにパワーアップされた。

インパネ0777高級イタリア車への偏見。

ヴィブルミノリテでは初登場となるアルファ・ロメオ。まず何と言ってもこの響きがたまらなくいい。そこはかとなく高貴で華やかさがあり、女性詞でも男性詞でも通用しそうな音感。その反面(いや、だからこそ、か)、どこか近寄りがたい高嶺の花のようなイメージもある。それは1910年創立の長い歴史やエンツォ・フェラーリの古巣であること、レース界での栄光と挫折など、その生い立ちを語るのに枚挙を厭わないエピソードにあふれているからだろう。それらが混然一体となることで、フィアット傘下でありながらもそのブランド力には陰りはなく、いまだに多くのクルマ好きを魅了して止まない。
しかし、先にも書いたがどこか近寄りがたい雰囲気を放っているようにも思える。そう思える人の共通認識としては、おそらく「自分が乗っても、似合わないのではないだろうか」という不安や違和感がベースにあるような気がする。それはアルファ・ロメオの中でも高級車に分類される車種を指す。SZ/RZ、164、166、8C……、いや、イタリアの高級車すべてがそうかもしれない。フェラーリは言うに及ばず、ランチア・テーマ、テージス、マセラティ・シャマル、ギブリ、クアトロポルテ、3200GTなどなど、そこそこお金持ってて、オシャレやグルメにも敏感で、粋な遊び方を知っていて、こじゃれたユーモアのひとつやふたつストックに持っていそうな、それこそパンツェッタ・ジローラモとか石田純一とか叶姉妹とか、そういう人種じゃないと乗ってはダメみたいな雰囲気を感じるのだ(考えすぎか)。実際、過去にクアトロポルテ(4代目)を借りて乗っていたことがあリアシート0778るが、僕にはあの高級なタンレザーは眩しすぎ、ダッシュ中央にあるラサールの金時計に「まさか、ジャージとGパンで乗らないよね?」といつも監視されているような気がして仕方なかった。さすがにそのクルマで吉野家には行けなかったなぁ……。
まぁ、とは言ってもこんなのは僕の勝手な思い込みなわけで、べつに短パン・ジャージで乗ろうが、100円ショップに乗り付けようが、お巡りさんにつかまるわけではないし、高級、高級と言ってもしょせんエンジンと4つの輪っかがついてるクルマ。ただの道具なわけで、人間様が道具に気を遣わなくなっていい。そこでイタリア車なのに、アルファ・ロメオなのに、気を遣わなくていいクルマとして登場するのが、この“スモールアルファ”である145だ。強引な話の持っていき方ですみません。


ラゲッジ0779何にも似ていない。

このクルマの魅力はまずデザイン。乗ってもないのに価値が分かるのは見た目。もうこの見た目に「ガーン!」とやられれば、それだけで買ってもいいんじゃないか、と思う。フロントフェイス中央のVラインをノーズ先端に落とし込み、伝統の盾形グリルを配した。クルマを引いて見てみれば、角ばった量感あふれるフォルム。それを尻上がりに駆け上がるサイドラインがギュッと締め、極端なクサビ形を演出している。安定感があるような、でも見る角度によってはアンバランスな危うさも内包した絶妙なデザイン。145のデザインを担当したのは、アルファ・ロメオ社内のスタイリング部門、チェントロ・スティーレ。力作である。
こんなデザイン、極東のメーカーにはできないだろうなぁ。できたとしても、当時のエラい人たちはハンコ捺さないだろうなぁ、と思う。年寄り連中は「そのぉ、なんだ。そのカラス天狗みたいな顔は何とかならんのか?」と言ったかもしれない。ともあれ、一度見たら忘れない、他の何にも似ていない、発売から約20年経ったいまでも古臭くない。それってすごいことだ。

エンジン0780ホットハッチだった。

当該車、適度にイジってあって、けっこうかっこいいのだ。年式は96年。2.0リッターのツインスパークエンジンを積んだクワドリフォリオ、希少な左ハンドル。155(V6)のダークなアルミを履き、いい感じにローダウン。「オレはそこらのハッチバックとは違うぜ」な雰囲気がプンプン漂ってくる。
で、肝心な中身(走り)のほうはどうか。先述したとおり、このクルマには助手席しか経験がないこともあり、どんなクルマかよく分かっていなかった。想像するにツインスパークエンジンだからそれなりにおもしろいんだろうけど、どちらかというとジェントルな走りで、上までギャンギャン回して走るよりも、高速クルージングが得意な、大人のクルマなんじゃないか。いわゆる“ホットハッチ”ではないと思っていた。
しかし、乗って数分……。
ホットハッチだった……。
なにこれ、めちゃくちゃおもしいんですけどー! エンジンは想像どおり気持ちよく回るし、BilsteinショックとMerwedeのバネで適度に低められ、締め上げられた足回りもコシがあってコーナーリングが楽しい。ステアリングのギアレシオも早く、ハンドリングはクイックだ。アクセルレスポンスやハンドリングのダイレクト感は少し薄いものの、充分ホットハッチと呼べる。さらに驚かされたのは、そんなヤンチャな性格の中にもアルファ・ロメオらしいエレガントさが残されているのだ。それは高速クルージングのときに感じられる。5速に入れたまま走れば、思いのほか静かで急に紳士の顔になるのだ。ダイレクト感の薄いハンドリングも、高速走行になると当たりのやわらかな長所に変わり、レーンチェンジがスーッと決まる。クイックなステアリングながらクルージング性能を損なっていないのも秀逸。まるでベテランのソシアル・ダンサーにリードされているかのような、機械と人との一体感をしみじみと感じるのだ。ほー、アルファ・ロメオ145の魅力は、この二面性にあるんだな。ただヤンチャなだけじゃない。
ちなみにエンジンの話でちょっと付け加えると、75の頃のツインスパークは、それ以前のアルファと同じく、自社製エンジンの8V。低速トルク薄いけど、よくまわる愉しいエンジンだ。それが16Vになってからは、ブロックはフィアット(多分ランプレディブロック)で、ヘッドのみアルファ製となる。8Vと比べると若干低速トルクが増え、電子デバイスのおかげで乗りやすく、アルファらしさも失っていないフィーリングになっていると思う。

タイヤ0781Casual & Formal

アルファ・ロメオはちょっと高嶺の花で自分には似合わないと思っていたけど、乗るうちに145のことを理解できるようになった。そしてだんだんとこのクルマなら所有してもいいな、と思えるようになった。イタリア車だけど、高級車に乗るような違和感はないし、ステアリングの中央でヘビが睨みを利かせているけど、高級時計の監視もないから、ジャージとGパンで乗ってもいいだろう。さらに良いのは、スーツで乗ったってキマることだ。カジュアルもフォーマルもいける。ヤンチャにサーキットを乗り回してもいいし、女性を口説く道具にしてもいい。近所の吉野家に行ってもいいし、ロングツーリングに出かけてもいい。やっぱりアルファ・ロメオ145の魅力は、そんな二面性にあると思った。

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

イメージ07821996y Alfa Romeo 145 Quadrifoglio
全長×全幅×全高/4095mm×1710mm×1425mm
ホイールベース/2540mm
車両重量/1240kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHC
排気量/1969cc
最大出力/110kW(150PS)/5200rpm
最大トルク/186Nm(19.0kgm)/4000rpm

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