【Tale】CITROEN 2CV6 Special

誰もいない静かな朝。河川敷の駐車場で大好きなクルマをただ眺めている、そんな時間が好きだ。空はグレーともブルーともつかない微妙な色合いで、水面は鏡のようにその色合いを映し出している。早瀬かおり。きょうで30歳になった。こういう切りのいい年齢のときに、人は人生を振り返ったりするけど、私の人生はどうだっただろう。いくつかの経験をまとめてみると「変わってるを通り過ぎて、だいぶ変わってる」とか「やることなすこと、たいてい反対される」。そんな人生だった気がする。まだ30年しか生きてないけど、この傾向はこれからも続くのだろうか。(この物語はフィクションです)

 

「だいぶ変わってる」という評価は小さいことから大きなことまで、両親や妹、友だち、先輩後輩、関わる人の多くにそう言われてきた。就職を考えるとき、博物館の学芸員になろうと思った。そのつもりで大学の単位も取っていたのだが、友だちからの第一声は「へぇ、変わってるね」。趣味で「ハケ」を集めていると言ったときも、不思議な顔されたな。博物館の企画展で「ハケ」を扱ったとき、工芸品としてのハケに魅了された。もちろんメイクのときにも使うが、あの肌触りは中毒性がある。コレクションしたハケを毎日ほっぺたにスリスリしているおかげで、何の毛を使ったハケか、その感触で分かるようになった。これはまぁ、自分でも変わってると思う。

「やることなすこと、たいてい反対される」というのも、就職のときにひと悶着あった。両親に「博物館の学芸員になる」という話をしたら「まぁ、公務員なら……」と納得していたくせに、就職先がじつは私立の博物館だと分かると急に反対しだした。「いますぐあきらめて、大きな会社のOLにでもなりなさい」とステレオタイプな主張。もちろんそれには従わず、いまでも小さな私立博物館でちゃんと働いている。

 

このクルマを買うときも、そうとう反対された。シトロエン2CV。私のあこがれのクルマだった。きっかけは、大学生のときにテレビで再放送されていた映画『ルパン三世カリオストロの城』。私を釘づけにしたのは、主人公のクラリスがこのクルマを運転するシーンだった。壮絶なカーチェイスの末、最後にはボロボロになって川に落ちてしまうのだが、なぜかあのクルマを美しいと感じ、自分でも運転してみたいと思った。でも、アニメだからあんなクルマないんじゃないかと思って調べたら、実在するクルマだった。「木靴を履いた農夫2人と50kgのジャガイモ、もしくはワイン樽を積んで60km/hで走れること。3リッター/100km(33.3km/リッター)の燃費。どんな悪い道も走破できること。悪路を走っても、後部に積んだかごいっぱいの卵が1個も割れないこと」。クルマをつくるときのコンセプトにも惹かれた。そのときすでに運転免許も持っていたから「よし、お金を貯めてあのクルマに乗ろう!」と決めた。でも、その話をすると、やっぱり反対された。「あんなクルマのどこがいいの?」、「なんかおもちゃみたいね」、「そもそも買えるの?」、「事故ったら死にそう」。妹にいたっては一言「ボロいじゃん」などなど、いま思えばおおよそためにならない反対意見ばかりだ。両親は「普通のクルマにしなさい。いまはかわいいクルマもあるでしょ。そうすれば少しは援助してあげるから」という。私は「いかにも女性を意識しましたよ」的なクルマに乗るのはまっぴらゴメンだし、そもそも自分が愛せないモノを所有する意味が分からないので、その申し出は丁重にお断りした。

 

周囲から2CVの悪口を言われるほど「絶対に乗ってやろう」という想いが強くなった。天邪鬼ではないと思っていたけど、これは完全に天邪鬼そのものだ。

まずクルマを見なければ始まらない。近所に変わったクルマばかり置いているクルマ屋さんがあって、2CVも並んでいたから、まずそこへ行ってみることにした。その2CVは「スペシアル」というグレードで、見た感じすごくきれいだった。天井のキャンバス地とシートが張り替えられていた。店主曰く「全塗装されていてボディもきれいだし、配線も新しいのに引き直してるんですよ」とボンネットを開けて説明してくれた。「もちろんご存じだと思いますがエアコンはないし、古いクルマなので自動車税が15%増し、重量税は旧税率適用になります。この辺がデメリットといえばデメリットですね」。私はその言葉を聞いて一瞬ひるんだ。エ、エアコンないんだ……。知らなかった。でも、ここで慌てたらかっこ悪いので、何とか平静を装った。税金の話も何となくニュースで聞いたことはあったが、まさか私の身に降りかかってくる問題だとは、そのときまったく思ってもみなかったので、大して気にしてなかった。古いクルマの価値を認めないのだな。この国は。なんか釈然としないが、年に1回の話なんでまぁ、いいかと無理やり納得した。他にもこのクルマの良さをいろいろと話してくれたけど、半分以上は理解できなかった。でも、とにかくいいクルマだということはわかった。

私は試乗の約束をして、1週間後にまた来ることにした。その間、他のクルマ屋さんも回ってみよう。

 

2CVは40年もの間つくられていたクルマなので、日本にあるクルマも千差万別だった。低走行距離の2CVもあって、それは200万円近くした。高いけど、ボロいのもあったし、安くて一見きれいなのもあった。床に穴が空いてるのもあった。合計6台の2CVを見ていくと、何となく大丈夫そうなヤツとか、これはマズいぞ、というヤツがわかってくる。同時に店の姿勢もわかる。「女性はちょっと……」というところもあったし「すぐに慣れますよ」というところもあった。全体的に見ると、近所のあの店の2CVがいちばん良かったように思った。

試乗に行く前日、夕食のときにその話をした。どうせまた反対されるのはわかってるのだけど、やっぱり盛大に反対された。「25年も前のクルマに170万も払うなんて馬鹿げている」とか「エアコンないクルマで大丈夫なの?」とか。そうか。そう取られるのか。私は古いクルマだからこそ、しっかりと整備したらそれくらいかかるもんだと思っていた。古いクルマだからこそ、適当にされていては困る。私には機械とか電気の知識がないから余計だ。でも、どうやら普通の考え方は違うようだ。古いクルマ自体の価値を認めていないのは、国民もそうらしい。

 

よく晴れた2月の終わり。きょうはいよいよ試乗の日だと例のクルマ屋さんに向かった。目の前にはこの前見たときよりもきれいな2CVがいた。私にはちょっと笑っているように見える。

クルマに乗り込むと、エンジンをかけるところから店主がいろいろと教えてくれた。いまのような冬場には、まずは「チョーク」というものを引くらしい。それからエンジンをかけてしばらくしたらチョークを戻す。これは絶対に忘れないようにと言われた。「MTは運転したことありますか?」との質問に「教習所以来です」と答える。苦笑いする店主は「まずはクラッチを踏んで」と言う。クラッチを踏む。1速の位置がふつうのマニュアル車と違うらしい。店主がお手本を示してくれた。同じようにシフトノブをつかんでやってみるが、けっこう重い。思い切り力を入れて何とか1速に入った。次はクラッチを離しながら、アクセルを踏む。エンスト。もう一回。結局3回エンストして発進することができた。この音、この振動。小さいころ、父親が会社から借りてきたトラックに乗せてもらったことがあったが、そのときの感触がよみがえってくる。いかにも「機械」を操作してる感じ。シフトアップはスムーズにできた。ハンドルは思った以上に重い。クラリスは軽々操作していたのに。あの子、かわいい顔して剛腕だったのか。信号でブレーキを踏む。き、効かない。思い切り踏みつけても全然止まらない。

ほんの数百メートル進んだだけで、息切れがしてきた。私、大丈夫か!? もっと、なんていうか「私、あこがれの2CVに乗ってるのよ~」なんて感動があるかと思ったけど、現実はそんなに甘くなかった。そんな私を見て、店主は「大丈夫、すぐ慣れるから」と笑った。

 

結局、貯金を全部はたいてベージュのスペちゃんを買った。家族に告げると反対する代わりに呆れられた。私に対してもうあれこれ言う気力はないらしい。そして、2週間後に納車。ついに私の夢がかなったのだ。

その日から仕事から帰ると用もないのに2CVに乗った。最初は近所を1、2周回るだけだったが、だんだんとその範囲を広げていった。シフトチェンジの際にギクシャクしていたのも、コツがわかってくるとスムーズにできるようになった。乗るたびに、うまく乗りこなせているような気分になってうれしかった。何となく筋肉もついたような気がする。でも、車庫入れは最後まで難しかった。いまでも気を抜くと、社用車を運転しているときの2倍はかかる。それでもやっぱり。好きなクルマに乗るのは楽しい。

 

空がだんだんと明るくなり、堤防を走るクルマの数も増えてきた。私のぼんやりタイムもそろそろ終了だ。

2CVを買ってから3年。もちろん古いクルマだから故障もあるけど、普通に部品も出るし、普通に乗れている(通勤は電車を使ってるけど)。急にハンドルを切ったとき、車体が倒れそうなくらいグラッとくるのにもヒヤリとしなくなった。休日には高速道路を使って遠出もするし、夏場も何とかしのいでいる。エアコンがないのは仕方ないし、めちゃくちゃ暑くなりそうなときは電車を使って移動するなど、工夫はしている(家族のクルマには絶対世話にならなかった)。そうこうしているうちに、秋に変わる瞬間を風の中に感じたりして、それはそれで風情があるもんだと思っている。

結局、人生やったもん勝ちだな、と思う。女だからとか、マニュアルだから、とかそういう言い訳をしてあきらめるよりも、ツベコベ言わずにやっちゃったほうがいい。私だっていろんな人に反対されたけど、いまでは反対意見に従わなくて良かったなぁと思ってる。クルマの運転はあの店主曰く「大丈夫、すぐ慣れるから」が正解。マニュアルは乗れないって言ってるの、あれは絶対ウソだね。乗れるよ、どんなクルマであろうと人間が乗れるようにつくってあるんだから。

私はこれからも2CVに乗っていく。できないことなんて、何もないことを私はこのクルマに教えてもらった。私はこれからも2CVに乗って生きていく。それが「私」であり、そうすることに決めた「私」が好きだから。

 

TEXT & PHOTO MORITA EIICHI

 

1989y CITROEN 2CV6 Special
全長×全幅×全高/3780mm×1480mm×1600mm
ホイールベース/2400mm
車両重量/590kg
エンジン/空冷水平対抗2気筒OHV
排気量/602cc
最大出力/21kW(29PS)/5750rpm
最大トルク/39Nm(4.0kgm)/3500rpm

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2 Responses to “【Tale】CITROEN 2CV6 Special”

  1. 中野則秀 より:

    鈴木さま  ご無沙汰しております。 
    2年ほど前に森田さんのご紹介で伺ったことのある中野です。
    ルーテシアRSに乗ってました。
    本日、FBにて森田さんの投稿でこの記事読みました。
    この2CVいいですね。 
    2年前還暦を過ぎたあたりから妙に気になっています。 
    年寄りには大変な車とは思いますが(笑)
    その昔、ルノーキャトルに2台乗っていた事も手伝ってか・・・「ふいご」の様なシフトレバーに懐かしさを覚えております。
    ちなみにこの車は在庫ですか?売価、車検とかその他経費とか・・・ご連絡頂けますと有り難いです。宜しくお願いいたします。
    なかの

    • すずき@PMG4 より:

      ご無沙汰しておりますー。
      この2CVは、オーナーさんからお借りしたものです。
      こいだけ仕上がってると、相応の価格はしますので、いやはや南友ではあります。

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