FIAT Panda 100HP + RENAULT Twingo GT

人間の感覚(好み)というのは複雑なもので、世間的にいいクルマという評価を頭脳では理解しつつも、感覚ではその良さを受け入れられないということが多々ある。ハンドリングもいい、足回りもいい、もちろんエンジンもいい。あらゆる評価項目が真円に近いマトリクスになるほど、角がなく、取っ掛かりが薄くなる。もちろん、そういう「良さ」を好み、選び人は数多くいるし、世の中の大部分がそういう人だ。しかし、ときにその優等生ぶりを物足りなく思う人もいる。ある意味、贅沢な話である。どこに文句があるというのか。ただ、それは定量的なものではなく、定性的なものだから、またややこしい。うまく説明できない場合がほとんどなのだ。

素のパンダとは比べものにならないくらいスポーティーに変身した100HP。当該車はルーフレールが装着されていたが、市場に出回っているのはルーフレールがないものが多い

100HPはパンダ2のホットモデル。

2代目パンダは2003年にデビュー。5ドアのボディを持ち、1.2LのFFと4WDという構成で日本へ導入された。その中でも2007年に日本限定130台で販売されたのが、この100HPだ(2009年に100台限定で再販)。大きな違いはエンジンで、グランデプント・スポーツ16Vなどが使う1.4Lのファイアエンジンが採用されていること。このエンジン、出力は95psなのだが、タイミングギア系の軽量化やバルブスプリングの低レート化によってフリクションロスを軽減。さらに圧縮比アップ、電子スロットルとインジェクターも改良することで、74kW(100PS)/6000rpm 、131Nm(13.3kgm)/4250rpm を実現している。さらにこのエンジンには6MTが組み合わされ、重量も1020kgに抑えられているのがいい。素のパンダを考えれば、自然と笑みがこぼれてくるスペックだ(1.2Lのパンダは60ps、940kg)。

 

背は高いものの、ドッシリと地面を踏みしめているような安定感のあるデザインが魅力的100HPは充実装備。

日本導入モデルはすべて右ハンドル。ごく少数だが並行で左ハンドルモデルが入ってきているらしいが、右ハンドルの100HPさえ街中で見ないのに、左ハンドルモデルに遭遇することはかなり稀有だろう。

外身を見ながらグルッと回ってみると、ライト以外はすべて変わっているフロントマスクに目を奪われる。バンパー下のエアダムと一体化したように見える大型のグリルは、なかなかの迫力でスポーティーな雰囲気を演出しているし、15インチのアルミホイール、張り出したフェンダー、専用のリアバンパーまで、外観上のデザインは素のパンダと比べてかなり違っている。15ミリローダウンされた専用のスポーツサスペンション、リアがディスクブレーキになっているのも大きい。インテリアもバケットタイプのスポーツシート、レザーステアリング、オートエアコンなど、装備的にも贅沢だ。

 

ダッシュボードから生えるシフトレバーは軽いタッチ。自然と手を伸ばせば届く位置で操作フィーリングがいい100HPは硬いよ。

こんな感じのモデルだから、当然期待して乗り込むわけだが、駐車場から車道に出る間の段差で「おっ」と思った。軽いクラッチ、軽いステアリング以上に、ボディの剛性がかなり高いことに驚いた。そういえば、どの資料を見てもボディに関する話題は言及されていない。この硬さ、専用のスポーツサスペンションとタイヤ&ホイールだけの変更なのだろうか。ボディにも何かしら手が加わっているように思うのだが……。

座面、シートバックともにサポートが張り出し、体をしっかりとホールドしてくれる。シートのハイトコントロールはあるものの、もう少し着座位置が低くなればなぁと思う走り出しても、乗り味の硬さはかなり主張してくる。こういうクルマだと分かって乗る分には、むしろ期待通りの硬さかもしれないが、たとえば夫婦でクルマを共用している場合、旦那さんは走り好きで、奥さんがそうでもないときは「ちょっとコレ、乗心地悪いよね?」と奥さんからクレームが入る可能性大である。細かな路面のアンジュレーションをしっかり拾うので、中低速では常に細かい振動があり、ヒョコヒョコとボディが揺すられる。大きなギャップはもちろん、ガツンッ! 特にフロントよりもリアの突き上げが激しいので、チャイルドシートの乳幼児にはちょっとキツいかもしれない。これは慣れの範疇かと言われると、かなり、微妙、だ、な。

 

後席の広さはサイズに見合ったもの。硬めのサスペンションで、街中を走っているリアの突き上げを感じる100HPは走ってナンボ。

まぁ、そういった家族ウケは横に置いておくとして、向かうは峠である。いつもの僕が使う中低速域でクイックなターンの多い峠。

麓から峠にアプローチする緩やかな登りの直線。アクセルを床まで踏むと、1.4Lの割には力強い加速を見せる。すごく速いわけではないが、そのエンジン音も相まって、ドライバーをやる気にさせてくれる(ただ排気音は決して官能的ではない)。ああ、そうそう。ちょっと走りたいな、というときは、ダッシュボードにある「SPORT」スイッチを押すことをお勧めする。ステアリングのアシストが減って少し重くなり、スロットルのレスポンスも上がる。

ラゲッジは50:50の分割可倒式。こちらもサイズに見合った容量だが、背が高い分、余裕を感じる6MTのクロスしたギア比もいいし、ステアリングのクイックさも際立つ(ステアリング比は、きっと素のパンダから変えられていると思う)。大きく切れ込んでいくコーナーも鼻先が軽いからだろうか。頭からグイグイ入っていくし、速度域を考えるとアンダーもさして怖くない。ASR(アンチスリップレギュレーション)もしっかり仕事をしている。駆動輪のスリップを最小限にするため、エンジン出力を一時的に抑えたり、ブレーキを意図的にかけたりして、車体を安定させてくれる機能で、ときどき「ゴゴゴ……」という音が車内に響くのは、これが作動している証拠だ。ちなみにASRのスイッチは先ほどの「SPORT」スイッチの隣にあるので、カットすることもできる。

 

1.4Lのファイアエンジン。高回転型の特性なので、きっちり回して運転すると楽しい。6速に入れると、100km/h走行時で2750rpm100HPは常時SPORTスイッチオンで。

こういった峠に来ると、街中で硬いと思っていた足回りもちょうどよくなる。ドライバーの旋回しようとする意図が、行動に反映されるスピードがちょうどいいのだ。1520mmという背の高さをそれほど気にさせることなく、適度なロールでコーナーリングしていく。また足回りから伝わるインフォメーションも豊かで、限界がとても掴みやすい。特にリアタイヤがジリジリとグリップを失いかけていくフィーリングを、お尻から感じ取れるのは新鮮だった。

一方、下りになるとブレーキがちょっと頼りないかなぁ、と感じた。効きは問題ないのだけど、ブレーキの剛性というか、強く踏んだときの安心感がもうちょっとあったらな、と。ただ、これは感覚的な問題なので、人それぞれかもしれない。下りのコーナー手前でギューッとペダルを踏んでいくと、リアの荷重が抜け、クルッと向きを変えるタックインは楽しいの一言。特にタイトなコーナーほどピタッと決まると最高の充実感。いやー、おもしろいクルマだ!

峠から帰る途中、SPORTスイッチをオフにしてのんびりモードに。人間の慣れは恐ろしいもので、SPORTスイッチを切ると急にダルいクルマに思えてしまう。峠に行く前はスイッチオフでも刺激的なクルマだと思っていたのに……。こんな気持ちを味わうなら、SPORTスイッチ入れっぱなしでもいいんじゃないかと思えてきた(ONのときのワクワク感も失せるけど)。

 

195/45R15のタイヤ&ホイール。ホイールデザインは専用で、キャリパーも赤くペイントされている100HPは「Death or Live」?

ゴルフ2のGTiが「ホットハッチ」という名称の元祖だとしたら、それから30年くらいは経っているので、もはや死語と言われても仕方ないし、この環境時代に「走りのホットハッチ!」なんて見出しは流行らないだろう。ただ、時代が移り変わっても、小さなクルマに走る楽しみを見出し、それを実際に楽しんでいる層は、数が減ったとしてもなくなったりしない。

2000年代に入ってからも、パンダ100HPはその楽しさをこうやって伝えてくれる。スイッチ一つでノーマルとスポーツを切り替えられる“オモチャ感”は、生粋のホットハッチ好きからすれば眉をひそめるようなギミックかもしれないけど、この時代を生き抜いていくには仕方のないことかもしれない。

車重は1tそこそこ、パワーも100psそこそこ。ライトウェイトなホットハッチで6MT、右ハンドル、5ドアは、他に競合車がいない。そういった意味で、パンダ100HPの価値はこれからどんどん上がっていくのか、それとも静かに忘れられていくのか……。

 

Sifoが手掛けた、CdAとほぼ同様の装備を持ったトゥインゴGT。低められた車高でやる気が漲っている。ホイールもCdAと同じ★おまけ(にしては長い)

パンダ100HPのロケをするほぼ同時期に「おもしろそうなクルマがあるんだけど」とすずきさんからオファーをいただいた。フィアットじゃないけど、奇しくも赤ボディにシルバーのドアミラーという共通点。それがルノー・トゥインゴGT(2011年式)だった。しかし、聞けば聞くほど変わった素性である。外観はパッと見、赤いクープ・デ・ザルプ(以下、CdA)。でも、よく見るとどこにもCdAのエンブレムはない。なので、厳密にはCdAではない。

このクルマの正体、実は新車時にその作業のほとんどがSifoが行ったらしい。なので、ほぼSifoのコンプリートカーと言ってもいい。結果的にCdAとほぼ同じの装備になったというだけで、あって。ただ、フロントバンパーにエアインテークの穴が空けられているし、フォグランプの部分もエアインテークに改造されている。さらに車高がかなり落ちていることからも分かるように、足回りがドイツのKW(カーヴェー)製の車高調整サスペンションが組み込んでいるので、CdAよりもちょっとスゴみが増している印象だ。

パンダ100HPに乗った翌日、このトゥインゴGTを借り出して、同じ峠に向かった。おそろしく違った。そりゃ確かに違う。背はこっちのほうが低いし、3ドア。エンジンも1.2Lターボだから、ぜんぜん違うといえば違う。けど、ホットハッチの括りでいけば、同じカテゴリーだ。

エアインテーク用の穴が空けられており、その処理もきれい。「ProRacing Tuning Box OBD」というOBDポートに挿すだけでマップをいじれるパーツがついている。ついていない状態を知らないので、比較はできないが、スロットルのレスポンスが早いような気がする一言で言えば、クルマの作りにおいて、トゥインゴのほうが1枚も2枚も上質。これに乗った後だとパンダ100HPの立て付けの悪さ、マナーの悪さが際立ってしまう。ちょっと言い過ぎかもしれないけど、ヤンチャな坊主と優等生くらい違う。そして最も関心したのは、KWの足回りだ。僕はルノーの良さのひとつは、あのしっとりした足回りだと思っているだけど、社外品に変えたらあのルノーらしさがなくなっちゃうのではないか、と懸念していたのだけど、これがまったくスポイルされていない。いや、むしろ純正チューンのように自然なフィーリングだった。もちろん脚は硬いんだけど、しっかりストロークするし、しっとり感もなくなっていない。日常の快適さをキープしたまま、峠で飛ばしても破綻しない懐の深さ。素のGTでやってみたいこと、CdAでやってみたいことを概ね済ませた上で、さらに高次元に、しかも素の良さをスポイルしないまま仕上げたところがすごい。素人はもちろん、一般のクルマ屋さんがただ金にモノ言わせて組み合わせただけでは、こうはいかない。支離滅裂になって終わってしまうような気がするのだ。Sifoは、そういうことを長年の知識や経験を元にしながら手を入れたのだろうけど、その完成度の高さに脱帽、脱帽。もうそれしか言えない。

フォグランプを排除し、こちらもエアインテーク用の穴に変えられているただ、不思議なことにひとしきりトゥインゴGTを峠で乗り回していると、だんだんパンダ100HPが恋しくなってきた。これはあくまでも僕の感覚の話なんで適当に聞き流してほしいんだけど、フィアットが「パンダにホットなモデルが欲しいよね」という企画が持ち上がり、ホットなモデルにするなら、1.2じゃ寂しいんで、1.4積んで、そうなると背も高いし、脚も硬めにして、あれこれあれこれ……。できたっ! 乗ってみる。あれぇー、ちょっと脚硬すぎだかなぁ。いやぁ、でも、めちゃおもしろいじゃん、このクルマ。おもしろいは正義! ってな感じで、あまり細かいところを綿密に磨き上げることなく、粗さのあるまま、リリースしたんじゃないかと思える。それが「ヤンチャな坊主」という印象につながっているのだが、要はそういう粗い部分が、トゥインゴGTに乗っていると愛おしく感じるようになるのだ。あまりにも美しく、トゥインゴGTがまとまっているので。

蛇足かもしれないが、先に書いた奥さん、子ども問題。トゥインゴGTなら文句はでないはず。ただ、3ドアだけどね……。

 

 

 

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

 

 

2008y FIAT Panda 100HP
全長×全幅×全高/3580mm×1605mm×1520mm
ホイールベース/2300mm
車両重量/1020kg
エンジン/水冷直列4気筒DOHC16V
排気量/1368cc
最大出力/74kW(100PS)/6000rpm
最大トルク/131Nm(13.3kgm)/4250rpm

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