MCC Smart K

大人になると、買い物の基準が変わってくる。若いときは、製品の品質はもちろん、価格が大きな基準だった。同種の同性能のものであれば、価格の安い方に手が伸びた。しかし、いまはだいぶ変わってきた。その製品の歴史、コンセプト、ストーリーに共感できるものを購入したいと思うようになった。価格が安くても、歴史のない、真似事のコンセプトを持った製品を所有したいとは思わなくなった。それは所有した後の、所有欲の満たされ具合が違うからだ。買い物は製品という物質を買うだけではないのだ。

最初に見たときは、衝撃的だった。未来のクルマのようなフォルムだと思った。この特異なプロポーションは、しかし実際に見てみるとよくまとまっていると感心する。デザインはメルセデス・ベンツ出身のズィンクヴィッツ氏。「スマートは機能性、実用性を強く打ち出しながら、攻めたデザインをした」という。そのデザインは必然から生まれたからか、飽きる要素はほとんどなく、現代でも通用すると思うベンツも考えていた。

2人乗りのマイクロカーをつくりたいと発案したスイスの時計会社スウォッチは、そのアイデアを当時のダイムラー・ベンツに持ち掛けた。両社が同意したことで1994年、2社合弁の「MCC (Micro Car Corporation)」 が設立され、生産されたのが「スマート」だ。と、簡潔にそれだけ書くと、ダイムラー・ベンツはスウォッチからこの話があったから腰を上げたのか、と思われそうだが、実はそうではないらしい。

ダイムラー・ベンツは、1990年以前から小さなクルマ(シティコミューター)の研究をしていたという。Aクラスよりも前の話で、そのプロジェクトは「ナーヴァ(近距離交通手段)」と呼ばれていた。「都市の交通手段はどうあるべきか?」を考えるため、ヨーロッパの主要都市であるベルリン、パリ、ミラノで、街の中を走るクルマの動きを調査した。その結果、滞在時間で見ると、街中にいるクルマの約90%は停止していることが分かった。乗車率は1.2名、平均速度は30km/h以下、そして滞在時間の中で時間を費やしている約50%は、駐車場探しであることも分かった。この調査の結果、これらの課題を解決できるクルマをつくれば売れるのではないかと考えた。大人2名が乗れて、道路占有面積の小さい、そこそこ走るクルマ。これがスマートのコンセプトである。

 

スパッと切り落とされたリア。前代未聞の制約のなか「まずそれが『自動車に見えるものでなければならない』」という課題をクリアするのに苦労したという。生産はフランス。ロレーヌ地方・ハンバッハに立地する「スマートヴィル・インダストリアル・パーク」耐えた12年。

コンセプトが決まり、設計に入るのだが、最初に行なったのは、2ボックスのコンパクトカーの後席をバッサリ切り落とすこと。その後、街中でも走りやすいようにドライバーのヒップポイントを上げる。するとフロアが上がるので、床下にできた空間にはクルマの鼻先に入っているエンジンを押し込んだ。そうして各部を煮詰めていけば、世界でいちばん全長の短い量産小型車の出来上がり! というわけである。もちろん、完成までにはいろいろな苦労があっただろう。レイアウトの関係からエンジンやプラットフォームは使えないから、新しく設計しなければならないし、安全性も考えなければならない。軽量化と剛性確保のために「トリディオン」と呼ばれるボディに樹脂の外板を組み合わせ、極限まで小さく、軽くを追求した。

コンセプトも設計も非常に合理的である。間違いなんかひとつもない。データに基づいた非の打ち所のない正当なクルマである。しかし、1997年に発売されてからは、思惑通りに売れなかった。それは人間の心理的な障害によるものだ。前回のトラフィクのように極端に大きいクルマやスマートのように極端に小さなクルマには、多くの人は乗った経験がない。人は自身に経験がないものだと、ネガティブな発想を抱きがちである。たとえば「あんなに小さくて、事故に遭ったら大変なことになる」、「友だちが2人遊びに来たらどうしよう」、「小さいクルマに乗っていると、貧乏と思われないだろうか」。人間はネガティブな発想ならいくらでも出せる生き物である。さらに追い打ちをかけるかのように1998年に「フォーツークーペ(当時名はシティクーペ)」が走行中に横転する問題も発覚。スマート事業は12年にわたって赤字が続き、創設社であるスウォッチが撤退するという大事件が起こってしまう。

しかし、そんな苦境にさらされながらもダイムラーAGの強靭な体力で持ちこたえ、2007年に「フォーツークーペ」がフルモデルチェンジし、2世代目に移行。徐々にスマートのコンセプトが理解され、その価値が浸透していった。環境志向の高まりも相まって、2007年度に黒字へ転換。2008年には、アメリカ市場での正規販売開始、2014年にはルノーとの共同開発で3世代目に進化し、その姿は街中でもよく見かけるようになった。
これまでにマイクロカーメーカーは存在していたが、どれも満足のいく完成度のものがなかった。そう考えれば、スマートはそのマイクロカーの分野で初めて普及を果たしたクルマと言えるかもしれない。

 

内装はプラスチッキ―でチープな印象。どことなくトゥインゴ1っぽい。座面は運転席のほうが高く、助手席は低い。お互いの肩が当たらないように配慮されてのことだとか。ステアリングはノンパワーだが、2004年から電動パワーステアリングがオプション設定された。ブレーキは下から生えるオルガンタイプ毎年何かしらの変化。

日本導入についても話そう。1998年から並行業者によって日本での独自販売を開始。2000年からは、ダイムラー・クライスラー日本が正規販売を開始する(フォーツークーペの日本名は「スマートクーペ」で左ハンドルのみ)。2001年になるとイギリス仕様の右ハンドルモデルを日本でも売るようになり、2002年にはライトのデザインが“涙目”になるなどのマイナーチェンジ版が入ってきた。パワーも55馬力から61馬力にアップし、燃料タンクも22リットルから33リットルに変更された。

さらに2003年には排気量が698ccに上がり、坂道発進をアシストする「ヒルスタートアシスト機能」が搭載。2004年には4人乗りモデルの発売を見据え、車名が「フォーツークーペ」に変わり、電動パワーステアリング、タコメーターなどが標準装備となる。

こうやって振り返ると、1年ごとにさまざまな変更が行われてきたことが分かる。ただ、以上の内容は“白ナンバー車”の話。今回紹介するのは、この白ナンバー車を日本の軽自動車規格にマッチングさせた「スマートK」である。

 

ダッシュボードは上から見ると緩やかなS字を描いている。灰皿&小物入れは左側にスライドすると現れる。オーディオはカセットデッキ(!?)とCDチェンジャー。CDチェンジャーはオプションで、助手席の下にある軽自動車のスマート。

全長が3300mm以下、排気量も600cc、衝突安全実験も欧州の基準をクリアしているとなれば、誰もが「日本で軽自動車登録すればいいじゃん」と考えるのは当然である。しかし、リアフェンダーの張り出しのせいで、全幅だけが1480mmをわずかにオーバーしている。この1点のせいで軽自動車には登録できなかったのである。そうなれば、オフセットの違うホイールを組み込んでタイヤを内側に引っ込めればいい。リアフェンダーも何かしら加工して張り出しを抑えればいい。実際に、その両方を実現した業者が軽自動車登録を成功させ、販売もしていた。

もちろん、ダイムラー・クライスラー日本も黙ってはいない。正規ディーラーがやるからには、付け焼刃的な対応じゃかっこが付かない。前後のトレッド自体をいじってナローにし、リアタイヤだけでなく、フロントタイヤのサイズも変更しバランスを取っている。もちろん右ハンドル仕様のみである。

リアゲートはガラス部分のみが単独で開けられる。このサイズのクルマにしては、それなりのラゲッジスペースが確保されていると思うのだが、どうだろうか一方で、装備はだいぶ簡略化されている。通常のフォーツークーペのようなガラスルーフではなくなり、ステアリングは本革からウレタンへ。その他にもフォグランプ、バニティーミラー、カップホルダー兼小物入れ、ラゲッジカバー、タイヤリペアキット、ホイールカバーもオプション扱いになる。内装色も1色しか選ぶことができない。

ただ、この仕様はスマートK用にダウングレードされたものではない。本国でのフォーツークーペは「PURE、PULSE、PASSION」と3つのグレードがあり、このスマートKはベースグレードである「PURE」に必須なオプションを追加したの。そもそも純粋な「PURE」は灰皿&シガーライター、エアコン、トランスミッション「ソフタッチ(RMT)」のオートモードすらオプション扱いだから、最低限必要なものは付いていると考えれば納得できる範囲である。

 

リアエンジン、リア駆動なので、エンジンはラゲッジの底面板を持ち上げると見ることができる。想像以上に小さいこれで充分。

実際にスマートKに乗ってみると、最初に感じたのは足回りの硬さ。デビュー当時はサスペンションに横置きモノリーフスプリングを使っており、その後ストラット式に変更されたが、やはり例の横転事故を懸念したからだろうか。ストローク感の薄いゴツゴツした印象を受けた。しかし、それを除くとルノーの初代トゥインゴに乗っているようだ。座面はトゥインゴより高いが、インパネのデザインやRMTの、シフトチェンジまでちょっと間の空く感じがそれっぽい。ステアリングはノンパワーだが、女性でも扱えそうだ。むしろ駆動輪ではない前輪がノンパワーだと路面からのインフォメーションがダイレクトに伝わってくる感じがする。

エンジンもそこそこパワフルだし、普通に走る分にはこれで充分じゃないかと思える。ただ、最初に戸惑うのはバックでの車庫入れである。普段、自分の尻の下にアクスルがあるクルマに乗る経験はほとんどないだろう。だから間違いなくハンドルを切りすぎ、数回切り返しを余儀なくされるはずだ(カングービバップでも似たようなことが起こる)。ただ、これは慣れの範疇。慣れてしまえば、これまで駐車できなかったスペースにねじ込むこともできるし「この幅じゃ無理だろう」と思えるようなところでも、余裕でUターンできる。この自在感はかなりの快感だ。

高速道路にも乗ってみた。足回りの硬さは高速域になるとフラットな印象に変わり、街乗りのような不快さは薄まった(ただ、道路の継ぎ目の段差はやはり気になる)。音や振動もそれなりに高まるが「こりゃダメだ」と思えるようなネガはそれほど見つからない。ただ、雨の日、レーンチェンジは気を付けた方がいい。ドライでも普通のクルマの感覚でステアリングを切ると驚くほどクイックなので、一瞬ヒヤッとする。あと横風の影響もそれなりにあるので、飛ばし過ぎないように。

 

タイヤはフロントが135/70R15、リアが145/65R15。本国モデルよりもフロントが1サイズ、リアは3サイズほど細くなっている従来のコンパクトカーにない価値。

スマートKは「アリ」か「ナシ」か。その境界線は、これをれっきとしたクルマとして扱うか、クルマのようなもの、いや「スマートK」というカテゴリーのものとして扱うかで違ってくるような気がする。

私はしばらく乗ってみて、まったくもって「アリ」である。つくりとしては、基本的にそれほどコストがかけられたものではないと思う。あくまでも「最低限」をキープできるようコントロールされた品質だと思う。それなりにガタピシするし、いろんな部分のつくり込みが甘い。ただ、これは街中で乗るシティコミューターであり、ちょっとした時間の移動を、スムーズかつスマートに叶えてくれるニッチな乗り物だと捉えれば、別に何の問題はないし、これが正解である。

ただ、私はそういった部分よりも、超小型車をつくった経験のないベンツと、自動車自体をつくったことのないスウォッチが、イノベーティブな発想を働かせ、プラットフォームやエンジンを流用することなく、ゼロからこのクルマをつくりあげたというところに価値を見出している。従来から続くクルマづくりの発想や製造方法という枠組みを打ち破り、常識にとらわれない思考で完成させた1台。これを小さなベンチャー企業がやるならさほど驚かないが、あの巨人・ベンツがやってのけたのである。しかも12年も赤字を出し続けてもなお、自らのコンセプトを信じ、耐え続けた結果、軌道に乗せた。そして現在、すでにスマートはブランド化しつつある。ブランドとは他の同種のものではなく、そのものを選ばずにはいられない引力のようなもの。そういう力がスマートには宿っているような気がする。

性能の面でいえば、従来のコンパクトカーに及ばないかもしれない。しかし、従来のコンパクトカーでは絶対に持ち得ない価値が、このクルマにはあるような気がする。

 

 

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

 

 

2013y Smart K
全長×全幅×全高/2540mm×1470mm×1550mm
ホイールベース/1810mm
車両重量/750kg
エンジン/水冷直列3気筒SOHCターボ
排気量/598cc
最大出力/40kW(55PS)/5250rpm
最大トルク/88Nm(9.0kgm)/4000rpm

Share

Leave a Reply