smart forfour 1.3

嗜好性や趣味性を持つ物、たとえば、クルマとかバイクとか、オーディオとか時計とか。そういう物を買う場合、物の性能や価格だけでなく、売る人にも影響されることが多々ある。たとえば「これが欲しいんだけど、この人からは買いたくない」、「ちょっと高いけど、この人から買いたい」。なかでもネガティブな感情が起こる場合、たいてい売る人がその物をたいして好きじゃないか、ビジネスチックに捉えていると分かったときだ。買う側、とくにその物を好きであればあるほど、そういう空気感に敏感になる。対価を払って物を手に入れる、その手に入れる過程も楽しみたい。気持ちよくお金を払いたい。そう思うのはぜいたくなことなのだろうか。

すずきさん曰く「松本零士氏の描くメカっぽい」とは言い得て妙。確かにヤマトに出てくる宇宙戦艦と相通じるデザインテイストを持っているような気がするMCCからスマートへ

スマートという会社が立ち上がったときは、ずいぶん驚いた記憶がある。スイスの時計会社「スウォッチ」が当時のダイムラー・ベンツ社と手を組んで自動車事業を始めるというのだから。

果たして1994年、MCC(Micro Car Corporation)という二社合弁会社を設立し、その4年後に「フォーツークーペ」を発売。極小サイズで2人乗りのこのクルマにも驚かされた。さすが既存のカーメーカーにはない斬新な発想でモノづくりができるんだなと感心したが、エルクテスト(結構なスピードで急ハンドルを切る試験)で横転する問題が発覚。当該車はトリディオン部にオプション設定の「チタニウム・グレー」を選んだ1.3Lモデル。樹脂外板をブラックにすると全身真っ黒になってしまうので、この選択は正解かもしれないこの問題が影響しているのかどうか分からないが、当初クルマはたいして売れず、事業は赤字続きになり、言い出しっぺのスウォッチはこりゃたまらんと撤退。結局、ダイムラー・クライスラーの100%子会社になった。2000年にはダイムラー・クライスラー日本が、日本で正規販売を開始し、2002年には会社名をMCCから「smart」に変更。ちなみにこの「smart」はスウォッチの「s」とメルセデス・ベンツの「m」、芸術の「art」を組み合わせたものとしている。スウォッチは無情にもイチ抜けしてしまったのに、社名にちゃんと残しておくなんて、なかなか義理堅い。

2004年になると、三菱自動車と提携し「フォーフォー」を発売。その後、2007年にフォーツークーペあらため「フォーツー」がモデルチェンジし、2世代目に移行。この頃からだろうか。スマートのイメージもだいぶ回復し、エコブームの加速も相まって事業は黒字に転換。日本での取り扱いがメルセデス・ベンツ日本になり、国内すべてのディーラーで取り扱いを開始するようになった。

そして2014年、今度はルノーとの共同開発による3世代目を発表。トゥインゴ3とベースを共にしたフォーツー、フォーツーカブリオ、フォーフォーを基本のラインナップとし、現在に至っている。

 

内装は「ブリック・レッド」。各部のデザインもポップなのだが、フランス車のようなチープでファンなイメージは感じない斬新なデザイン

さて、今回取り上げるのは、スマートの「フォーフォー」である。2001年のフランクフルトショーで発表された4人乗りのコンセプトモデル「スマート・トリディオン4」をベースにしており、量産車の発売は2004年から。当時、三菱自動車と提携していたこともあり、プラットフォームはコルトと共用している。生産はオランダのネッドカーだ。

5ドアハッチバックのオーソドックスなスタイルながら「トリディオン・セーフティ・セル」という鋼鉄の高剛性フレームとポリカーボネート製のボディパネルを組み合わせた構造は、デザインにも影響を与えている。このセルがブラックだと1.3、シルバーだと1.5と見分けられるのだが、オプションでチタニウム・グレーという色が用意されており、これを選ばれると外見上ではどっちか分からなくなる。他にも1.5Lはアルミホイールや電動ドアミラーなどの快適装備が標準装備される。

フォーフォーはシートが秀逸。硬めだがしなやかさも感じられる。↓の部分が立ち上がっており、シートバック部へシームレス(とまでは言わないが)な曲線を描いている。これによって臀部および腰部のサポート感、フィット感が向上しているエンジンは三菱のMIVECエンジンをベースにしてドイツの「MDCパワー社」が開発。ボア×ストロークを変えることで、コルトに搭載しているエンジンよりもロングストローク化されている。排気量は本国では1.3L、1.5Lに加え、1.1Lや1.5Lのディーゼルエンジンも用意されている。トランスミッションも本国ではMTもあるが、日本に入ってきているのは「ソフタッチ・プラス」という6速RMT(ロボタイズドマニュアルミッション)のみだ。

 

フォーフォーだけど、じつは5人乗り。ただ、大人5人が快適に乗れるかといえば、このパッケージなのでさすがにきつい。リアシートは前席に比べて座面のクッションが少し薄いような気がするし、シートバックも立ち気味Fシートよし! エンジンよし! RMTよし!

当該車は1.3か1.5の判断を迷わせるチタニウム・グレーのトリディオン(実際は1.3)に、ブラックの外板を組み合わせたモデル。インテリアはブリック・レッドという鮮やかな赤が選ばれている。じつはこれ、当時限定200台で売られていた「ナビエディション」という特別仕様車。外観は地味だが、内装は派手なカラーというコントラストがおもしろい。

最初に乗って気付いたのがシートの良さ。座面が広く、サポートも適度に効いていて座り心地がいいのだ。通常、臀部と腰の間あたりは隙間が空くのだけど、このクルマはその部分が妙にフィットする。シートをよく見てみると、座面の奥がシートバックに繋がるように立ち上がっており、この立ち上り部分がフィット感を高めているのだ。これはいままで乗ったどのクルマにもない感覚である。

ソフタッチ・プラスの操作方法は一般的なRMTと変わらない。とりあえずオートモードに入れて発進。ブレーキペダルを離すと、そろそろとクリープしはじめる。いや、正確にはクリープというよりも「長い半クラッチ」といった感じか。クリープと違ってブレーキを離すと前へ前へ進もうとするので、ATに慣れている人だとこの辺で違いを感じると思う。クリープの制御について言えば、クイックシフト5のほうが優れていると思う。クイックシフト5は、半クラッチでトラクションをかけた後にすぐに抜いて極低速を維持するところがすごい。

ラゲッジは通常で268L。リアシートの畳み方はタンブル式で、シートバックを前に倒した後、座面ごと前にロールアップさせる。けっこう簡単に910Lもの荷室容量を稼げる1速と2速の間のシフトチェンジで少し間が空くが、その後の変速はなかなかスムーズ。RMTで言えば、クイックシフト5とセレスピードがいまのところ個人的ランキングの1、2位なのだが、それらに対しても劣ることはない。エンジンは1.3Lとは思えないほど、低速から力強く、吹け上がりも軽快だ。

乗り心地は、やはりメルセデス・ベンツを彷彿とさせる硬さを感じる。トリディオンの剛性感は少しの段差を乗り越えるだけで感じるし、サスペンションの取り付け部の剛性も高いのだろう。足回りのしっかり感はこのサイズのラテン車にはない。その剛性感はブレーキング時でも分かる。ブレーキ自体の性能も良いのだろうが、ハードにブレーキングしても骨格は揺るぎもしない。この安心感は絶大だ。今回は試せなかったが、このクルマなら高速道路に乗ってハイスピード走行をしたくなる。きっとフラットライドで気持ちのいいフィーリングを授けてくれるに違いない。

 

エンジンは1.3Lで95ps/12.8kgm。1030kgのボディを引っ張る。けっこう上まで回るので、マニュアルモードで乗るとおもしろいじつはホットなハッチバック

個人的にRMTやAT、DCTのようなクルマは、オートモードで乗ることがほとんどだ。自ら変速させて乗るのはMTが至上だと思っているし、これまでの経験からマニュアルモードで乗ってみて「これはいい!」と思ったことがほとんどないので、わざわざおもしろくもないマニュアルモードにすることは避けていた(セレスピードは除く)。

ただ、なぜか今回はマニュアルモードを試してみようと思った。この軽快なエンジンがそうさせたのかもしれない。そしてひとたびマニュアルモードで運転してみたら、目からウロコが落ちた! あれ? なんだ、このクルマ。変速のスピードが速く、ギア比とともにこのエンジンとすごく合っているのだ。あれ? これは楽しい部類のクルマじゃないか。あれ? そんなクルマだっけ、これ?

「ソフタッチ・プラス」は、マニュアルのギアボックスを機械で自動的に変速させる方式。そのため当コーナーではRMT(ロボタイズド・マニュアル・ミッション)と呼んでいる。レバーを左に倒せばオートモード、真ん中にすればマニュアルモード、右に倒した後、前にレバーを入れればニュートラル、後ろにレバーを入れれば後退する。クリープはあるが、坂道ではブレーキを離すと後退してしまうので注意。クリープの制御で言えば、クイックシフト5に軍配が上がる排気量はNA1.3なので絶対的なパワーはない。だから速くはない。でも、すごく楽しい。エンジンも踏んでみればけっこう上まで回るじゃないか。上まで回すとかなりうるさいのだけど、そのうるささがまたやる気にさせてくれる。ああ、RMTでこんなに楽しいのは久々かもしれない。期待していなかったから、その反動もあるのだけど、これはね、ホットハッチと呼んでいいですよ。ハンドリングがもうちょっとクイックだったら最高なんだけど……、とオートモードで乗っていたときは気にもしなかったことまで気になってくるほど。いやいや、人は見かけによらないけど、クルマもそうだ。先入観で見ていたこと、反省することしきりである。

 

タイヤは175/65R14。1.5Lはアルミホイールが標準装備されるフォーフォーは愛されなかったのか!?

(好き嫌いはあるだろうけど)個性的なデザインで、排気量も1.3Lなので燃費もいいだろうし、税金も安い。大人4人が普通に乗れて、街中ではオートモード、ちょっと走りたいときはマニュアルモードでお手軽にアツくなれる。たとえば奥さんが左ハンドルは無理とか、MTは無理という家庭には、フォーフォーはちょうどいいかもしれない。じつにいいクルマだと思う。思うのだが、このクルマ、大して売れなかった。結局、製造されたのは2年ほどで、現行モデルが2014年に出てくるまで空白の時間が流れた。

クルマが売れる要因、売れない要因は決して1つではなく、複合的な理由があると思う。デザイン、価格、機能、販売網、トレンド……などなど、いろんな要因が重なって「売れた」「売れない」という結果が導き出される。では、このフォーフォーの場合、どんな要因で売れなかったのだろうか。

コンセプトがちょっとばかり中途半端だったのだろうか。フォーツーは極小サイズ+2シーターと割り切ったことで、独自の存在感と地位を築いたと思う。でも、フォーフォーとなるとどうだろうか。4人乗れる(実際は5人乗りなのだが)という一見メリットのように思えるクルマをつくったことで、逆に他メーカーの4人乗りコンパクトカーと競合してしまったのかもしれない。

あと、メルセデス・ベンツのディーラーで販売したことも影響しているのではないだろうか。ベンツの営業スタッフからすれば、フォーフォーを売るよりもAクラスを売りたいのが本音だろう。きっとそのほうが利益率もいいはずだ。それにベンツが好きな営業スタッフが、このスマート、そしてフォーフォーにもベンツと同じ愛情と情熱を持ってお客に薦められるかといったらそれも難しいような気がする。このクルマの本質を見抜き、愛し、自分の言葉でこのクルマの魅力を語り、お客の心を揺さぶることが、ベンツの営業スタッフに本当にできただろうか。いまはそうでもないかもしれないが、このフォーフォーを売っていた2004年~2007年くらいまでは「ついでにスマートも(仕方なく)売る」という感じだったのかもしれない。もし、この仮説が当たっていたとしたら、ずいぶんと不幸なクルマである。乗ればとてもハッピーなクルマなのだが。

 

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

 

2005y smart forfour 1.3

全長×全幅×全高/3790mm×1685mm×1460mm
ホイールベース/2500mm
車両重量/1030kg
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ
排気量/1332cc
最大出力/70kW(95PS)/6000rpm
最大トルク/125Nm(12.7kgm)/4000rpm

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