FORD Ka

最近、現代のクルマに乗る機会が幾度かあった。古いクルマを自家用車としている僕は、乗るたびにクルマの進化を感じていたのだが、特に強く感じるのは、外界との隔離感だった。静粛性を向上させるためにボディの隙間を埋めたり、遮音材、防音材などを適材適所に配したりしているのだろうが、静粛性を上げていくほど、僕はその静けさに不安を覚える。窓を開けなければ、踏切の音や緊急車両のサイレンも聞こえない。ロードノイズの質、音量によって速度感も分からない。よって、クルマを運転している感覚が希薄になる。クルマの車内は静かであるほど、いいのだろうか。

 

古典的なパワーユニットに、先鋭的なデザイン

今回、かなりレアなクルマが登場する。初代フォードの「Ka」だ。デビューは1996年、日本では不人気車だったので、中古車屋のジャンクヤードで朽ち果てた姿を見る機会はあっても、街中を走っている光景はほとんど見なくなった。
初代は1996年のパリサロンでレビューした。フィエスタのプラットフォームを流用しており、エンジンは「エンデュラE」と呼ばれるOHV1.3(60ps)の古典的ユニット。これ、元を糺せば1950年代に開発された「ケントエンジン」を改良したものだというから驚く。2002年のマイナーチェンジでSOHCの「デュラテック」に変更されたものの、デビュー当初はあのケントエンジンの改良版を載せていたのは意図的なのか、単にタイミングの問題なのか……。
当初は1.3リッターしかなかったものの、マイナーチェンジ時に1.6(SOHC)の高性能版「スポーツKa」、イギリスではコンバーチブルの「ストリートKa」が追加された。エンジンは変更したものの、プラットフォームは引き続き継続使用となった。
日本には1999年に150万円という価格で正規輸入された。エアコン、パワステ、パワーウィンドウ、パワードアロック、電動スライディングサンルーフ(ヴェバスト製)、ヒーテッド機能付き電動ドアミラーなどを装備し、右ハンドル・5MTの仕様。しかし、日本では売れなかったため、わずか2年で販売を終了。5MTしかなかったのが理由とも言われるが、そもそも本国にもATの設定がないのだから、それは無理な話。となると、やはりこのデザインだろうか。当時としてはかなり奇抜だっただろう。いや、現代でも充分に目を引く造形なのだが、このKaをデザインしたのは、フォードアドバンスデザインスタジオのディレクター、クロード・ロボ(1943年8月20日 – 2011年6月3日)である。

 

アンチ・トゥインゴ

彼はクライスラー・シムカ、ドイツ・フォードを経て、ヨーロッパ・フォードへ行き、フォード・インディゴ、シナジー2010などのコンセプトカーを中心にデザインを指揮。その後、Kaのチーフデザイナーを担当し、フォード・フォーカス(MK1)のデザインも行った。確かにKaの平面と鋭角で構成された「ニューエッジデザイン」は、初代フォーカスにも受け継がれているのが分かる(その流れは、プーマやマーキュリー・クーガーまで引き継がれた)。
当時、Kaの直接的なライバルはルノー・トゥインゴと言われており、そのためかロボはこのような言葉を残している。
「私たちはアンチ・トゥインゴをやりたかった。トゥインゴはミニミニバンであり、とてもすばらしいクルマですが、私たちはトゥインゴと同じ路線を進まなかったし、そうしたくなかった。私のフィロソフィーは、オリジナルのミニにインスパイアされたものです。私は外観と考え方が非常に強いクルマにしたかったので、中途半端なデザインにしたくなかった。アメリカの役員会にKaを提出したとき、私は彼らに、このクルマを高く売るか、廃車にするかのどちらかだと言った」。
ロボがトゥインゴを強く意識しているのが分かる発言だ。デザインの奇抜さは彼自身も認めていたようで、実際、役員たちの同意を得るのに苦労したらしいが、Kaは世界戦略車として発売されると、好調なセールスを記録した。さぞかしロボはホッと胸をなでおろしたことだろう。

 

その後の、Ka

初代Kaは2008年まで製造され、その後、2代目に移行。2代目はフィアットとの共同開発となり、プラットフォームはフィアット500と共用している。エンジンもフィアットのFIRE1.2L(ガソリン)と1.3L(ディーゼル)をラインナップし、2016年まで製造された。
さらにその後も続き、3代目はフォード・ブラジルが開発を主導。フォードのグローバルBプラットフォームをベースにフィエスタと足回りを共用。ボディはハッチバック(5ドア)とセダンが用意された。ブラジル市場に投入後、インドにも展開し、2021年まで販売された。

 

びっくりするほど、きれい

さて、実車だ。2000年モデルで、当時の日本では不人気車。そして現在も忘れられようとしている存在だけに、歳相応のクルマなのだろうと思っていたら! 対面してまぁ、驚いた。
走行距離は約36,000km、バンパー部分の無塗装樹脂部分は美しい艶消し感を保っている。赤の塗装も鮮やかさと充分な艶があり、車庫で保管されていたとしか思えないコンディション。ヘッドライトも曇っていない。内装も23年分のヤレはあるものの、特に問題なし。よくこの状態を維持されてきたなぁ、と無関係ながら過去のオーナーさんに敬意を表したくなる。
乗ってみると、思わずにんまり。まず、コクピット周りのデザインに痺れる。エクステリアは直線的なプレスラインの効いたエッジーなデザインだが、インテリアは一転して曲線を多用したやわらかなデザインだ。機能部分はゾーニングされており、一目で分かりやすい。
エンジンをかけて発進。音も振動も、そして低速域でトルク感のあるOHVエンジンは、現代の同クラスのクルマと比較すれば、比べ物にならないくらい時代遅れなのだが、この時代のクルマが好きな僕にとっては「これこれっ!」と懐かしく感じてしまう。前後足回りのショックが抜けているので、曲がり終えた後にグラッと揺り返しが来るが、新品のショックを入れたらシャキッとした足になるだろう。上まで回しても気持ちよくないので、3000rpmあたりでシフトアップしていったほうが流れに乗れる。
走りながら、ライバル視されていたトゥインゴ1のことを思い出した。サイズ的にも価格的にも動的なスペック的にしてもライバル関係にふさわしい2台だが、性格的には正反対に感じる。Kaはキビキビ走るタイプだが、トゥインゴはドッシリとしたスタビリティ重視。エンジンはトゥインゴのほうが100cc少ないので、Kaのほうが余裕を感じるが、シャシー全体で言うとトゥインゴのほうが優れているように感じる。あ、あとシートの座り心地も。後期モデルとしてトゥインゴはエンジンがSOHCとなり、1.2Lから1.1Lになった。Kaも後期モデルで排気量はそのままにSOHCのデュラテックになったが、同じ後期モデル同士で乗り比べもしたかった。その夢は永遠に叶いそうにないだろうが。

 

タイヤサイズは165/65R13

大手中古車サイト、掲載0台

Kaに乗ってみて感じたのは、クルマの開発年次が新しくなればなるほど、外界との隔離感が増すということ。それは単純にNV(ノイズ&バイブレーション)性能の進化なのかもしれないが、それ以外にも理由があるような気がする。1990年代、2000年代はまだそれが残っているが、それ以降は外との隔離感がますます進み、現代においてはクルマを運転している感覚すらも遠ざけられているような気がする。しかし、それがカーメーカーと消費者が望むクルマの在り方なのだろう。僕はそこに、現代の家屋に通じる思想を得た。
大手中古車サイトには掲載0台。そりゃそうかと思いながらも、こんな程度のいい個体に巡り合える機会も相当レアだと思う。自動車系博物館に飾られる前に、ぜひ。

 

TEXT&PHOTO/Morita Eiichi

 

2000y FORD Ka

全長×全幅×全高/3660mm×1400mm×1640mm
ホイールベース/2450mm
車両重量/940kg
エンジン/直列4気筒OHV
排気量/1293cc
最大出力/44kW(60PS)/5000rpm
最大トルク/103N・m(10.5kgm)/2500rpm

 

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