FIAT Panda CLX Selecta

 馬力はたったの50ps、パワステやエアコンすら装備されていない(クーラーはある)。特別凝ったメカニズムを持っているわけではなく、荷物がたくさん積めるわけでもない。自慢できることと言えば、ジョルジェット・ジウジアーロによるデザイン、ということくらいか。そんな(はっきり言って)古臭くて、ロースペックで、ちっとも現代的じゃないクルマにもかかわらず、多くの人々に支持され、モデルチェンジを重ねながらもいまだに存続している不思議。それはフィアット・パンダ。たかがイタリアの大衆車、パンダってナンダ?

褒められないけど、これでいいのだ。

 ほんの一部の人たちに、ここまで熱狂的な愛を持って受け入れられているクルマも珍しい。キャトルとか2CVとか、大先輩のご長寿さんには及ばないが、1979年に登場して以来、2003年まで継続販売されたことは充分に誇れる記録(日本への正規輸入は1998年まで)。しかも、モダナイズされた2代目「ニューパンダ」がいまでも販売されている点を見れば、大先輩ができなかった偉業(!?)を達成しているとも言える。名前が消えずにそれなりの歴史を(継続して)重ねている大衆車って、ミニやゴルフくらいしか残ってないんじゃないか。
 もっと世間に褒められても良さそうなパンダだが、一般的な自動車専門誌に大きく、何度も取り上げられることはあまりなかったと思う。というのも、そもそも市場のトレンドに迎合することもなく、最新のテクノロジーを追い求めるわけでもなく、パンダは初志貫徹の姿勢を維持しつづけたからではないだろうか。小さな大衆車としての基本設計をかたくなに変えなかった。モデルチェンジをしても劇的に変わることはなく、世間にアピールするネタにも乏しい。だから時代遅れなクルマ、とも言われたりした。そりゃそうだ。時代が進むごとに多くの人々は高性能なクルマを求めるわけだから。パンダみたいなクルマは市場の底辺でその良さが分かる人にだけ愛されつづけた。「これでいいのだ」と言わんばかりに。

カネを使わず、頭を使ったクルマ。

 1960年終盤に起こったイタリアの労働争議、1973年に世界を襲った石油危機。フィアットはこの難局を乗り切るために、外部から経営陣の一人としてある人物を招いた。それが間接的なパンダの生みの親となるカルロ・デ・ベネディッティだ。カルロはフィアットを立て直すためには、主力である自動車部門を強化することが急務と考え、緊縮の“守り”ではなく、新型車投入の“攻め”に出た。いわゆるスモール・ユーティリティ・カー・プロジェクト「ゼロ」と呼ばれる計画である。ここでカルロはイタル・デザインのジョルジェット・ジウジアーロに相談する。「かつてのトッポリーノやヌオーヴァに匹敵するような新しいユーティリティ・カーをつくってほしい」と。フィアットの根幹をなす大衆車プロジェクトを外部に“丸投げ”するのは初めてのこと。しかし、その大きな夢とは正反対に「126と同じ生産コストや車両重量をキープしなければいけない」という厳しい制約付き。さすがのジウジアーロも「そんなこと、できるかいな」と思ったかもしれない。ただ、このプロジェクトは真の意味での「デザイン・ワーク」であった。見てくれのデザインだけでなく、クルマの構造や材質、生産工程までも自由にデザイン(設計)できるなんて、きっとワクワクしたに違いない。要求は厳しいが、その分自由度も大きい、夢も大きい。ジウジアーロはその話を受け、バカンスの期間中にもかかわらず、そのコンセプトづくりに没頭したという。
 こんな状況下において、ジウジアーロは最低限のコストのなかでインテリアの機能性を極限まで高め、多様性を持たせることをメインテーマにコンセプトを固めていった。彼は安いから我慢してもらうのではなく、ファーストカーとしてしっかり活躍でき、老若男女が満足できるクルマをつくりたかったのだ。その結果生まれたのが、自由に取付けポイントを変更できるハンモックシート(後席)であり、コストと室内容積と生産性の容易さを実現した平面ガラスであり、荷室容量を広げるためのリーフ・リジッドであった。
 つまりこれらパンダの特長として語られるものは、すべて必然から生まれたもの。最小限のコストで最大限の機能を発揮する“カネを使わず、頭を使った”クルマがここに誕生したのだ。

約30年間で400万台以上のセールス。

 1979年11月、パンダは本国で発表され、その翌年には早くも並行輸入業者の手によって日本に持ち込まれている。ディーラーでの販売は遅れること約2年。1982年の2月からJAXによって販売が開始された。
 本国ではパンダ30(空冷直列2気筒625cc)とパンダ45(水冷直列4気筒903cc)の2種類がラインナップされたが、日本に正規輸入されたのはパンダ45(4MT・左ハンドル)のみ。ルーフは最初期こそスチール・ルーフだったが、半年後からビニール地のダブルサンルーフモデルが加わっている。
 その後、1984年に4×4モデルが発売され、1986年にはパワーユニットが一新。完全ロボット生産によるSOHC 999ccのFIRE(Full Integrated Robotized Engine)だ。同時にリーフ・リジッドだったリアサスペンションはY10から引き継がれたΩ型のアームとコイルスプリングによるリジッド・アクスルに変更。これを機に三角窓の廃止、リアフェンダーのフレア化、ボディ下半分の塗り分け廃止、リアのライセンスプレートの取付け位置変更、インテリアではハンモック式のシートが一般的なタイプに変更、メーターパネルの大型化など、大がかりな刷新が行われた。
 1989年にはディーラーがJAXからサミットモータースに変わる。FIREはキャブからインジェクションに変更されたが、その2年後に登場したオートマチックモデル(CVT)の「セレクタ」だけはなぜかキャブのまま。右ハンドルで導入されたから、当然敷居が下がり「かわいいしぃ~、右ハンドルだしぃ~、オートマだしぃ~」的なノリの女子も飛びついた(かもしれない)。その結果どうなっちゃったかは、すずきさんの説明に頼るとして……。で、1991年に再びディーラーが変わり、この後のパンダ販売はフィアット・アンド・アルファロメオ・モータース・ジャパンが手掛けることになった。
 1994年、再びFIREがリニューアル。排気量999ccが1108ccになり、パワーは45psから50psになった(4×4は前から50psだった)。その他限定車が出たり、名称が変わったり、細かなことを言い出せばもうちょっと説明が必要だが、おおむねこんな感じで2003年まで生産が続けられた。結果、約30年間で400万台以上のセールスを記録し、フィアットの屋台骨を見事に支えたのだった。

小排気量のクルマはMTで乗るのが常識!?

 さて、当該車のCLXセレクタは以上のようなパンダの系譜のなかではかなり後半のモデル。ディープなパンダマニアからは「やっぱ45だ」とか「マニュアルじゃないと」なんて声が聞こえてきそうだが、完成度の高いモデル末期も見逃せない。たしかにジウジアーロの魂がこもった初期パンダの魅力は強烈だ。鉄板グリルと2トーンの外装、他の何にも似ていないハンモックシート、リーフ・リジッドの乗り心地……。しかし、45の最終でも1985年。いまから25年以上も前のクルマだ。ハンモックシートはすぐにヤレちゃうし、この時代のパンダは恐ろしく錆びやすいとも聞く。パンダは究極の足グルマなのに乗り倒せないのでは意味がない。そう考えると、1.1リッターの最終型はそれほど構えなくても乗れる。「でも、せめてマニュアルミッションが良かったなぁ」と乗る前は正直そう思っていた。小排気量のクルマはマニュアルで乗る。これはマイノリティの世界では常識だからだ。

奥様パンダ洗脳計画。

 しかし、じっさいに乗ってみると、ああ、これはこれでアリだなぁ、と思うようになった。富士重工製のECVTはFIREとの相性がいいのだろうか。あんがいまともに走る。低速域でアクセル操作をラフにするとギクシャクするのだが、アクセルワークを丁寧に行えば、問題ない。そして何より運転する楽しさがECVTによってあまりスポイルされていないこと。いくら楽しいクルマでも、オートマチックになると急に運転がつまらなくなるものは多々ある(国産車はたいていその類)。でも、このセレクタはECVTになっても運転の楽しさはキープ。そりゃMTのほうが楽しいに決まっているが、ECVTもなかなか侮れない。たとえばオートマチックしか運転できない奥さんに乗ってもらって、ときどき自分も運転させてもらう、なんてのが理想かもしれない。
ただ私たちマイノリティにとっては平気でも、一般の方たちにとってパンダはそれなりに敷居が高いかもしれない。セレクタに初めて乗る女性を何となく想像してみる。
「えー、カギが開かない!」(あ、カギ、3種類あるから……*当該車はドアキーが壊れて換えてあるので。年代によっては1本ですべて賄えるモデルもある)
「えー、エンジンかけたらブルブル振動するんですけど!」(いや、これはこういうものでして……)
「えー、ライトってどこで点けるの?」(あ、スイッチはメーターパネルのところにあるから……)
「えー、ブレーキ離しても進まない!?」(あ、クリープしないから、これ……)
「えー、ハンドル重いんですけど!」(あ、パワステじゃないから……)
「えー、なんかバタバタうるさいんですけど!」(いや、これもキャンバストップなんで多少の音は……)
「えー、ブレーキ効かないんですけど!」(ああ、もっとグッと踏んでもらえれば……)
「あれ、ウィンカーどれ?」(左側の手前の棒です……)
「あれ、ドアを開けるの、どこ?」(あ、ひじ掛けのところと一体化されてるから)
「あれ、今度はガソリン入れるところが開かない」(だからこのクルマのカギは3種類あって……)
 と、まぁ、こんな展開が予想されるのだが、これらの内容は一度経験してしまえば、全部覚えられるものであって、特別難しいことではない。ただ、現代の非常にラクちんな国産車に慣れきった人にとっては、覚える前にヤになっちゃう可能性は大だ。
 反対にこの“パンダの洗礼”を無事に潜り抜けたのなら、たとえ女性といえどもその魅力にどっぷりハマる可能性もまた大きい。完全ロボット生産のFIREは、だからなのかどこかしらモーターちっくに「シュイーン」と回るし、無段階変速のECTVもそれに応えてしっかり駆動力を地面に伝えてくれる。走っている最中ならパワーアシストなしでもステアリング操作は軽いほうだ(すえぎりは非力な女性にはちと辛いかも)。そういう部分を「ああ、最近のクルマにはないものばかりで新鮮!」なんて思っていただければ、しめたものかと。
 もちろん、カッコウも大事だけど、願わくばパンダの生まれた背景やその本質を理解して好きになってほしいなぁ。そういう人はきっとパンダを長く、大事にしてくれるはず。当該車もそんな雰囲気をどことなく感じる1台。しかも圧倒的にMTが多いなかのセレクタだから、いまとなっては貴重な存在だ。

パンダは“ブランド”

 パンダに乗って街を走っていると、たしかに安っぽいと感じることは多々ある。それは隠しようのない事実だ。しかし、それだから情けない気持ちになるかと言われればNO。となりにベンツが並ぼうが、フェラーリが並ぼうが引け目を感じることはない。パンダは「価格のヒエラルキー」から脱却した存在だからかもしれない。
 瀕死のフィアットを救うためにカルロはジウジアーロに頼み込んだ。大変だがやりがいのある仕事としてジウジアーロはパンダのすべてを請け負った。カネを使わず、頭を使い、デザイナーとしての意地と誇りを知恵に変え、イタル・デザインは仕事をやりきった。この流れはいま見てみると、とても自然で純粋で「クルマって、いや工業製品ってそうデザインされるべきだよな」と思えてくる。「こういうクルマがつくりたいっ!」というまっすぐな強い想いと明確なコンセプトを持ってつくられたクルマ、現代ではどれくらいあるのだろうか……。
 パンダってナンダ? そう聞かれたら、私は「ブランドだ」と答える。ブランドとなりうるためには、価格が高くなければいけない必要はない。そんなことよりも、それを手にした人へ大きな幸せや心の充足感という極個人的な価値を届けることができてこそ、ブランドとして最低かつ絶対条件だ。パンダは「価格のヒエラルキー」から脱却し、それを愛した各個人が描く「価値のヒエラルキー」の頂点に君臨している。

TEXT&PHOTO/Morita Eiichi

1996y FIAT Panda CLX Selecta
全長×全幅×全高/3405mm×1510mm×1485mm
ホイールベース/2165mm
車両重量/740kg
最大出力/37kW(50PS)/5250rpm
最大トルク/84Nm(8.6kgm)/3000rpm

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14 Responses to “FIAT Panda CLX Selecta”

  1. be bop ナリタ より:

    自分がパンダで覚え,その後のクルマでさらに確信したこと, ①外車(まだそう呼ぶ人が多かった)に乗ることができる…維持費がかからない,意外と故障しない。 ②ボロは着てても心は錦という輸入車らしくない車に乗るスタイル…けしてボロじゃないどころか考えつくされたエクステリア・インテリア,なんだけど見た目安っぽい。 ③多少のことであたふたしなくなった…DSで下血したことに比べればシンプルな機械,時には自然治癒もあり人間っぽいとこさえある。 ④小さい輸入車はみんな個性があっておもしろそうだ…次はAXに,その後2CVにはまり,チンクェチェント,106,トゥィンゴ,シュペールサンク,イプシロンをかじったりして,そして今,キャトル。 ⑤サンルーフは楽しい…オープンはもっといいが,開けると風の音でダッシュボードなどからのいろんな音が気にならなくなる。さらに冬のつべたい風も気持ちよく感じる。 ⑥周りの人の気持ちを優しくしてくれる…ちっこくて威張っていない。小さな子が初め不思議な顔で見たあと,笑顔になったり手を振ってくれたりする。自分がそんないい人だったかのような錯覚を覚える。

    • morita より:

      コメントありがとうございます。すべてに共感。とくに「6」はほんとそう思います。私も威張ってるクルマ、きらいです……。

  2. rallye より:

    せっかくなので。。。pandaに笑って乗れれば大丈夫。何でも乗れます。セレクタを嫁に買わせた私です。でもね、お金は掛かるんですよ、やっぱり。でもね、路上で駄々をこねない良い子でした。それに、次のクルマは何でもありです。でもね、左は欠かせなくなってしまったりします。あと屋根が開くとか、取れるとか。ある意味、狭くなってしまったりもします。やっぱり基本ですかねぇ。

    • まぁそりゃねぇ、すっげくないけどカルークだだっこ、かなぁ?
      その覚悟のある方に乗っていただけると、すっげぃくイイクルマなんですけどねぇ。

      カッコだけで乗られてツブされる典型みたいなパンダさんです。
      逆に、そっからアヤスィくるまの世界へ足を踏み入れてしまうかもしれないパンダさんです。

    • morita より:

      > 笑って乗れれば大丈夫
      これ、たしかにそうですね。というか、いくつになってもそういう人でありたいと思います。

  3. yossey より:

    会社のイタリア人に以前パンダに乗ってたよって答えたら「ヘンなクルマだよねぇ」って笑われながら言われたことがありますが、アンタとこのクルマじゃん!って心の中で叫びましたよ。

    パンダ(およびプント)のCVTはよくできてますよね。チョイ乗りでしたがすごく自然な運転感です。

    • morita より:

      自国民をしてヘンなクルマと言われるPANDAって素敵。
      そっか。イタリアでもそういう存在なんだ。
      CVT、ほんと(思ったより)よくできてます。
      全然不満なし、でしたね。

  4. be bop ナリタ より:

    先日,キャトルに乗っていたら,小学生の下校時間に出くわした。どんな反応すると期待していたら,ほとんどが話しに夢中で「しかと」状態!唯一,小型ジャイアンに反応があったら「なんだあれ?(よく乗っとるなぁ)」と,馬鹿にされてしまった。危険な乗り物に見えないどころか,小学生からも哀れみをもって見られているかも…。

    • morita より:

      小型ジャイアン(笑)。
      でも評価はともあれ、反応してくれただけでも善しとしましょう。
      彼らにはもうクラシックカーのように見えるのかもしれないですね。

    • 今時のお子様あんまクルマに興味ないかと思いきや、一部車輌で反応します。
      Smart,Ape辺りかなぁ。
      よっぽどケッタイでないと反応しないのかも・・・
      (されてもメーワクですけども。)

  5. シバッチRS より:

    クリオ2RSの前ですから、15年前あたりの愛車です。
    ECVTの電車みたいなエンジンフィールといろんなトラブル
    と素敵な思い出を提供してくれたクルマです。
    Wサンルーフ無の鉄屋根仕様でした。

    小さい車体の割に大きいものが楽に積めるスペース効率の良さに
    ジュジャーロ御大の偉大さを感じたものです。

    • ECVTも(ちゃんとしてれば)意外とイイんですよ。
      スペースユーティリティもイイし。(ドア等が薄いダケって説もありんすが。)

      昔はアレで許されたんですが、今じゃ安全性がどう快適装備がナイ等々で、こういうクルマはなくなっちゃいましたね。
      じゃあって、昔と今で何が変わったって、大して変わってなくて、実は軟弱になったヒトがワラワラと、各部が経年劣化したクルマが残ってるだけになっちゃいました。

  6. シバッチRS より:

    15年くらい前に乗っていました。
    ブルーペトロール(青緑メタ)の鉄屋根仕様です。

    元NAVI現GQの編集長の鈴木正文さんが絶賛した記事に
    感化されて乗ってみたら超絶の見切りと思い切りのいい内装、
    ジュジァーロ御大のデザインと、魅力満点で楽しい限りでした。

    とはいえ、オルタネータの故障やら路上で不動になるトラブルも
    頻発したり苦労もありましたが、今となっては良い経験だったと
    思えたりします(苦笑)

    「たぶん、何とかなるさ」的な欧州車に対する度胸がついたのは、
    このクルマのおかげなのかも知れません。

    • えぇえぇ、イイクルマですよ。
      大衆車の真骨頂、安普請(笑)なので、それが旧くなってくるとタイヘンなコトもありますが、その辺はオーナーさんの心意気(があれば)で生き存えてる、そんなクルマですねぇ。

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