Peugeot 106 1.6 Rallye

 106ラリーには3種類のモデルが存在する。1.3リッターSOHCの“テンサンラリー”、1.6リッターDOHCの“ラリー16V”、そしてこの2台の間を埋めるような形で存在する1.6リッターSOHCの“テンロクラリー”。テンサンラリーとラリー16Vはともにキャラクターの立ったクルマなので、一言でその特長を述べやすい。テンサンラリーはまさに競技車ベースと言えるスパルタンさが美点であり、ラリー16Vは快適に“競技車っぽさ”が味わえる。しかし、ことテンロクラリーに関しては「どこがいいの?」と聞かれると「うーん……」と首をかしげてしまう。以前オーナーだった私自身でさえ、だ。

隠れた“迷車”!?

 ヴィブルミノリテ20回目は、プジョー106ラリー。ヴィブルミノリテに106が登場するのはS16テンサンラリーに続き、今回で3回目だ。そして3回目をしていちばんの難題がやってきた。テンロクラリー。テンサンラリーとラリー16Vの間に隠れた“迷車”と言えるかもしれない。
 と、そんなことを言っている私も最初のラテン車はこのテンロクラリーを選んだ。青い106(S16)に乗りたいと言っていた奥さんを説き伏せて、三河の某ラテン車屋さんで購入した。当時はエンジンのこともよく分からず、乗ってみたフィーリングだけで決めた。テンロクラリーのくせに後付けのエアコンが付いていたのもポイントだった。でも最終的な決め手はやはり価格だったような気がする。2007年当時、96万円というプライスは、貧乏だった私にはとても魅力的に見えたのを覚えている。

コンペ濃度は、
テンサンラリー>テンロクラリー>ラリー16V

 ラリーの系譜の源泉は205まで遡る。205ラリーは、プライベーター向けのラリーベース車として限定発売され、フランス国内選手権のクラス分けの関係で1.3リッター以下に編入されるよう排気量を1294ccに抑えたエンジン(TU2J)を搭載していた。その後、205ラリーを引き継ぐように106ラリーが登場。キャブからインジェクションになり、エンジンはアルミブロックのTU2J2になった。これがテンサンラリーだ。
 1995年になると106シリーズはマイナーチェンジを受ける。全長は100mm以上も延長し、ボディ剛性は大幅に上がった。当然、その見返りとして重量は増し、1.3リッターではパワー不足になってしまった。そこでパワーアップを図るために、エンジンを1.3リッターSOHCから1.6リッターSOHCへ換装。これがテンロクラリーとなる。
  1998年にはラリーに1.6リッターDOHCエンジンが搭載される。ラリー16Vは主にイタリアで販売された。資金に乏しい若者に向けて最上級グレードのS16よりリーズナブルに提供しようとしたもので、その違いはABSが非装備、シートの表皮がファブリック、手動式のドアミラー、リアシートのヘッドレスト非装備など。最後のラリーとなったラリー16Vにはもはや競技志向というキーワードはなく、いわば「S16の廉価版」という位置づけになった。したがってコンペティション度を表すとテンサンラリーが最も濃く、年を重ねるにつれて薄くなる。しかし見方を変えれば、年を重ねるにつれてより快適で乗りやすくなった、とも言える。

扱いやすいテンロクラリー。

 テンサンラリーは1.3リッターという小さな排気量で競技に勝つため、高回転型のセッティングにすることでピークパワー&トルクを優先させる道を選んだのだと思う。もちろん、小さな排気量で最大限のパワーを出すために、である。その結果、3000rpm以下はまるでダメだが、5000rpmから上の領域はパンチの効いた特性になった。このピーキーな性格が支持されて、いまでもテンサンラリーを愛する好事家は多い。
 では、テンロクラリーはどうか。テンサンラリーに乗ったことがある人なら、きっと最初の感想は「乗りやすいね」だろう。それもそのはず、最高出力はテンサンラリーとほぼ同じでありながら、発生回転数は1000rpmも低い。トルクに至っては2.3kg-mも大きく、2100rpmも低い回転数で発生させるのだから、乗りやすいに決まってる。高回転をキープしなくても、低回転から湧き上がるトルクでスムーズに速度を上げられる。パワーステアリングの恩恵でステアリングさばきも圧倒的に楽だ。ノンアシストのテンサンラリーで演じた「ハンドルとの格闘」はする必要もなく、少し重めではあるものの、車庫入れなどに四苦八苦することはない(*註1)。ああ、楽だ、楽だ、楽ちんだ……。はっ、ちょっと待て。楽だ楽だと言ってるけど、競技車ベースとしての“ラリー”がそんなこと言ってていいのか。フィールドはあくまでもラリーというモータースポーツの場だ。スポーツたるもの、楽してやろうなんて考えは言語道断。もっとストイックに肉体にムチ打って、全神経を集中して乗るようなクルマじゃないといかんのではないか! 楽だ楽だは堕落の始まり! と、どこからともなくそんな声が聞こえてきそうだ。
一方で、いやいや、だいたいそんな考え方、いまどきはやらねーし。時代は「かんたん、楽ちん、やさしい」だよ。テニスのラケットだって、ゴルフのクラブだって、誰でもやさしくかんたんに飛ばせるタイプが主流。スポーツも汗水垂らして、練習に練習を重ね、這いつくばって血豆を作って……って、そこまでするもんじゃないのよ。かんたんで、しかも速い? けっこうじゃないですか。と、こんな声も聞こえてきそうだ。
まぁ、結局、クルマ好きで走り好きな人はこの2つの意見の間で常に揺れるわけで。走り用と街乗り用の2台を用意できるならこんな葛藤は起きないけど、1台でまかないたいという向きには、ついてまわる問題だ。走りの楽しさを取るか、日常の使い勝手を取るか。究極の選択だったりする。

*註1/テンサンラリーにもパワステ付は存在する。ただオプションで指定できた電動パワステが壊れやすく、値段も高かった。しかもそれを指定すると時間がかかってしまうこともあってあまり好まれなかった

楽、というよりフレキシブル。

かといって、テンロクラリーは楽すぎて走りの楽しさを感じられないクルマかといえば、ぜんぜん違う。上記はあくまでもテンサンラリーとの比較論であるからそう見えるだけであって、クルマ単体で考えれば充分に走りの楽しさは感じられる。
その最たるがエンジンだ。当該車は吸排気系をモディファイしてあることもあってか、吹け上がりが非常にスムーズで伸びがある。レスポンスが良すぎるわけでもなく、悪すぎるでもない。ちょうどいい反応速度が気持ちいい。そしてコーナーリングはアクセルオンで弱アンダー、アクセルオフでノーズを巻き込むようなタックインの姿勢を取る“ホットハッチの常識”がピッタリ当てはまる。少しステアリングのダイレクト感が欠ける印象もあったが、タイヤチョイスによってその感触は大幅に変わるから、好みのフィーリングのタイヤを履かせればいい。同様にブレーキも少し頼りないだろうか。もうちょっと効くパッドを入れたくなる。
と、このように「あれをこうして、これをもっとああして……」などと妄想しながら走れるというのは、やはりテンロクラリーが持つポテンシャルがそれなりにあるからだろう。走って楽しくないクルマなら、そんな妄想すら抱かない。低速から湧き出るトルクに乗って、スムーズに上まで吹け上がるエンジンは、楽と言ってしまえばそうかもしれない。しかし、先のコーナーが見渡せ、一定の路面状況で走るサーキットでのレースと、(ペースノートがあるものの)不確定要素が多い公道を走るラリーとは、求めるエンジン特性に違いがある。やはりラリーにはピークパワーの大きさよりも、全域にわたってトルクフルで懐の深いエンジンのほうが断然有利だ。その点において、ヨーロッパで戦っている106ラリーの中で、いまだにテンロクラリーが根強く支持されつづけているのも頷ける。テンロクラリーは単に楽なクルマではなく、フレキシブルなクルマなのだ。

どっちつかず、と取るか、
ちょうどいい、と取るか。

そのフレキシブルさは当然、日常づかいにも反映される。3000rpm以下のエコランにも充分対応でき、ここぞというときにアクセルを踏み込めば、タコメーターの針はグングンと上り、爽快な加速を与えてくれる。パワーウィンドウはないけど、エアコンを装備した希少車。しかも走行距離は5万とちょっと。吸排気系のライトチューンに加え、ドアの内張りとドアミラーカバーがカーボン調になっているレーシーなモディファイも悪くない。テンサンラリーほどスパルタンじゃないけど、ラリー16Vほど“乗用車”してない。見方によれば「どっちつかず」だけど「ちょうどいい」立ち位置とも言える。この「ちょうどよさ」があなたにフィットすれば、テンロクラリーはすばらしいパフォーマンスとフィーリングを与えてくれるに違いない。思う存分、踏んで、曲がって、楽しんじゃってください。
機械的に言ってしまえば、テンロクラリーは、ラリーという競技に対して能動的につくられた(と思われる)テンサンラリーに比べ、マイナーチェンジによってボディが大きく、重くなったから(仕方なく)大きなエンジンを載せてつくった、とても受動的かつ経過的なモデルと表現できるかもしれない。でも、私にはそんな素っ気なく言い放てない。テンロクラリーのエンジンフィーリングとフレキシブルさは、テンサンラリーにもなく、ラリー16Vにもない独自のものだし、シングルカムのマイルドな吹け上がりは、一度味わうとけっこう病み付きになる。と、思わずそんな大風呂敷を広げて主張してしまうのは、元オーナーの贔屓目だろうか。

TEXT&PHOTO/Morita Eiichi

1997y Peugeot 106 1.6 Rallye
全長×全幅×全高/3678mm×1610mm×1357mm
ホイールベース/2385mm
車両重量/900kg
最大出力/76kW(103PS)/6200rpm
最大トルク/132Nm(13.5kgm)/3500rpm

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