RENAULT Avantime Privilege 3.0 V6 24V

とにかく「効率、効率」と叫ばれる世の中である。エコという概念が憚るようになってから、その傾向はさらに強くなったように思う。燃料を削り、空気抵抗を削り、すでにあるものに関しては、それをいかに使い切るかに要点を置く。狭い室内なら、めいっぱい広く使えるように工夫する。少ない排気量のエンジンなら、そのなかでめいっぱい出力を稼ごうとする。もちろん、制約があるからこそ知恵が生まれ、クルマはより快適なものにブラッシュアップしていくのだから、効率を求める考え方はまったく否定しないし、いまの時代においてはまったく正しい。ただそういう考え方が支配的になればなるほど、このクルマの存在価値が活きてくることは確かだ。

バカみたいなクルマ。

アヴァンタイム。まったくもってバカみたいなクルマである(失礼!)。本来7人乗り用のスペースをたった4人のためだけに割り当てた。ドアなんか2枚しかないし、荷物が積めるかといえばそうでもない。何人乗れるの? どれだけ積めるの? 燃費は? と実用という物差しでクルマを測ろうとしている人には、一生理解できないクルマだと思うし、そもそもそういう人は理解しなくていいと思うし、あなたは何も悪くないのである。そう「バカみたいなクルマ」という評価は、まったくもって正しい。
ただ実用一点張りの考えを捨て、クルマにデザインや情緒、精神的なものを求めるようになると、アヴァンタイムはまったく違った見え方をしてくる。ヴィブルミノリテな方々は、どちらかというとこっちのほうに属する人が多いだろう。だからこのクルマを目の前にすると「アヴァンタイムねぇ」とつぶやきながら、みんなニヤニヤするのだ。僕もそうだった。
今回、試乗させていただいて、個人的にはっきりしたかった問題点。「クルマが持つスペース的なゆとりは、人の心のゆとり創出につながるか?」。これが分かれば試乗した価値があると思っている。

ターゲットからしてニッチ。

1999年のジュネーブヴ・モーターショー。この舞台でアヴァンタイムのコンセプトモデルが発表され、2001年のパリサロンで量産型が公開。その後、コンセプトモデルのデザインほぼそのままで量産化された。ベースはご存知の通り、マトラの生産するエスパス。エスパスがあるからこそのアヴァンタイムなのだが、エスパスは4代目へモデルチェンジするのにともない、ボディの架装方式も変わってしまった。そのため生産はルノーに引き継がれてしまう。そのため車両の受注がなくなってしまったマトラは、ルノーとの提携を解消。自動車生産から撤退することになった。アヴァンタイムもわずか2年で生産中止。つまりアヴァンタイムが“ラスト・マトラ”になったわけだ。生産台数は約8,500台。日本には2002年から販売され、206台が売れたようだ。
 さて、先ほども書いたとおり、アヴァンタイムは4人しか乗れない、ドアは2枚しかない、荷物もそれほど積めない、という役立たずぶり。そもそもミニバンって人も乗せられるし、荷物も積める役に立つクルマじゃないのか。なのに、この体たらく。言ってみればムダの塊みたいなもんだ。
こんな出で立ちのクルマだから、当然ルノーとしても大ヒットするとはさらさら思っていない。当時、販売戦略・マーケティング担当の専務は「既成の枠にとらわれないユーザーがターゲットで、社会性を持ちながらも、社会に存在する既成概念を打ち破る人、常に時代を先取りする精神を持った人です」と語っている。具体的にはクリエイター、芸術家、実業界で働く人を指しているというが、もはや設定からしてニッチである。そういえば、ほぼ同時期に国産車でも同じようなコンセプトを持ったクルマが登場している。何となく名前も似ているホンダ「アヴァンシア」である。ホンダはアヴァンシアをワゴンと呼ばず「4ドアクラブデッキ」と呼んだ。ワゴンによる広い荷室を実用ではなく、後席でくつろぐ人のために割いた。どことなく、アヴァンタイムに共通する要素を感じる。しかし予想通りこのコンセプトも理解されず、ぜんぜん売れなかった……。

建築物からヒントを得たデザイン。

で、こんなクルマをつくりあげたのは、もちろんあの人。パトリック・ル・ケマン。ル・ケマンは当時、ルノーのトップと直結したデザイナーとして、ルノーがリリースする車両デザインの責任を負うという立場を自ら望んでつくり、実践した。トゥインゴ1、クリオ2、スポール・スパイダーなど有機的な“バイオデザイン”を生み出したのも彼。しかし、アヴァンタイムにはこれまでのデザイン手法とは違うアプローチでデザインされているという。それは建築デザインの要素をクルマに取り入れるというもの。その手法が使われた最初の量産車が、このアヴァンタイムなのだ。なるほど、そういう視点でアヴァンタイムを見ていくと、特に垂直に切り立ったリアウィンドウまわりにはその要素が感じ取られる。この建築的デザインは、その後、メガーヌ2、ヴェルサティスにも受け継がれていく。
 まぁ、そんなデザインだからインパクトは大である。撮影の準備をしていると、見知らぬ通りがかりのおじさん(しかもクルマに興味のなさそうな)が「これはどこのクルマ?」と声をかけてきたくらいだ。そして「なんでドアが2枚しかないの?」とも。さすがに苦笑するしかない。
このデザインを実現できたのは、ボディ構造にも大きく起因していると思う。ご存知、エスパスの鋼板プラットフォームがベースで、これと太いCピラーによってスケルトンモノコックを形成。アルミ製のAピラーを兼ねた左右のルーフレールがボルトと接着剤によって接合されている。開口部の大きい、センターピラーレスのボディなので、剛性の低下を避けるために補強も入っている。ルーフ側とフロア側にはクロスメンバーが追加され、サイドシルやバルクヘッドなども強化。その結果、エスパスに比べて曲げ剛性で20 %アップ、捩じれ剛性で60%以上もアップしている。ボディ外板はプラスチック樹脂。これはただ上からかぶさっているようなもので、車体剛性にはほぼ影響しない。だからデザインの自由度も高い。

走る“住まい”。

乗ってみると、まずその剛性の高さを感じる。ルノー車は全般的にボディをガチガチにするというより、適度にしならせて快適な剛性を確保するという方向性だが、アヴァンタイムは乗った瞬間に「あ、固められてるな」と思う。ただ、ボディは強くても足回りのしなやかさは、ルノーである。フロントはマクファーソン・ストラット、リアはトレーリングアームとパナールロッドによって位置決めされたトーションビームのサスを持つ。これもエスパスからのキャリーオーバーだが、専用のチューニングが施され、柔らかすぎず、硬すぎず、の絶妙な味付けに仕上がっている。
 エンジンはラグナ2やクリオV6と同じ3リッターV6。車重があるのでとりわけ速いとは思わないが、アクセルペダルを踏み込めば充分な加速を見せてくれる。そんなことよりも、アヴァンタイムで味わいたいのは走りよりも空間のゆとりだ。ミニバンのフォルムを見ながら乗車し、後ろを振り返ったときの違和感。インテリアの洒落たデザイン、そしてソファーを思わせるレザーシート。車内はまるで高級サロンにいるかのような心地よさである。さらにそのゆとりをあますことなく感じたいなら、ヒミツのスイッチをオンにすればいい。そのボタンを押すだけで、サイドウィンドウとサンルーフがいっぺんに全開になる。その開放感たるや! オープンカーとまでは言わないが、独特の気持ち良さが味わえる。眺望のいい場所に停めれば、タワーマンションからの眺めに匹敵するだろう。ル・ケマンはアヴァンタイムに建築的デザインを取り入れたというが、その観点でみればクルマというよりも、走る“住まい”と言ったほうが正しいのかもしれない。

コンセプトを、買う。

ゆっくり走ることの楽しさ、窓の外の景色に想いを馳せるゆとり。アヴァンタイムに乗ると、たしかに心にゆとりを感じられるような気がする。ブレーキを踏むより先にウィンカーを出さない輩がいても、アヴァンタイムに乗っている僕はイラッとしない。「愚人よのぅ」と高笑いである。
それでは、はじめに掲出した「クルマが持つスペース的なゆとりは、人の心のゆとり創出につながるか?」の問いに「YES」と答えられるのか。これはどうやら「NO」のようだ。そもそも広大なスペースを持つクルマなんていくつもある。アメリカ製の(よく車種名は知らないけど)フルサイズのバンなんて、そうだし、さらにキャンピングカーの世界に飛び込めば、アヴァンタイムの持つスペースなんて屁のカッパである。そしてそういうクルマは、広大なスペースのほとんどを実用に割り当てている。アヴァンタイムの室内は高級サロンだが、キャンピングカーはキッチンやダイニングである(いや、高級サロンのようなスペースもあるかもしれんけど)。
答えはこうだ。「そもそも心(とお金)にゆとりを持つ人こそが、アヴァンタイムを選ぶ」のである。肝は「心とお金のゆとり」。お金だけあっても、きっとこのクルマを選べないと思う。だって、こんな大きな図体で4人しか運べず、荷物も大して載らない、2ドアの使い勝手が悪いクルマに、わざわざ500万円も出さない、いや出したくないでしょう。
 アヴァンタイムは、従来から現在に続く「クルマに最大限の機能や装備を詰め込む」という価値をあっさり否定し、狭苦しい3列目なんかいらない、ウォークスルーもいらない、ドアなんて2枚で充分……と次々に機能を削り落とした結果生まれた、他にはないルノー(ル・ケマン)独自の価値観を認められるだけの心に余裕を持った人こそが買えるシロモノなのである(はぁ、はぁ、長い)。つまりそのコンセプトを500万円で買うのである。目に見える、ドア数や空間の広さや、そういうものじゃないものにお金を払える心のゆとりがなければ、アヴァンタイムを選ばないほうがいい。アヴァンタイムに乗るということは、それだけ特別なことなのである。部品代の高さにもビビらない、心とお金にゆとりのある方はぜひ。

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

2003y RENAULT Avantime Privilege 3.0 V6 24V
全長×全幅×全高/4660mm×1835mm×1630mm
ホイールベース/2700mm
車両重量/1790kg
エンジン/水冷V型6気筒DOHC24V
排気量/2946cc
最大出力/152kW(210PS)/6000rpm
最大トルク/280Nm(28.5kgm)/3750rpm

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3 Responses to “RENAULT Avantime Privilege 3.0 V6 24V”

  1. コンドウ☆ より:

    アヴァンタイム記事、楽しく拝見しました。

    あのクルマに500万円は、高い!と感じるかもしれませんが、実車の
    その凝った創りは 普通のクルマの“枠”を完全に超えていました(笑)
    故に、よくその値段で販売した/ と拍手を送りたいです。

    アヴァンタイムに乗る人生・・・ 
    とても非日常で 濃い~ぃ生活を送れますよ。
    保証します(アヴァン・ファンの一人として)

    • 500万は高いと思うけど、Avantimeとしては妥当だと思いますけどねぇ・・・
      高いの安いのだけで、価値を認めれない時点で、乗るとか買うとかしのごの言う□はないですよ。

    • morita より:

      コメントありがとうございます。
      たしかに500万円という数字だけで判断すれば高いと思いますが、
      アヴァンタイムにはそれ以上の価値があると思います。

      この手のクルマはコンセプトカー留まりで、
      たいていはショーカーとして展示されるだけ。
      でもほんとに市販しちゃうところがルノーのすごいところですよね。

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