TALBOT Samba Cabriolet

「クルマの価値ってなんだろう」と、ときどき考える。でも、いつも明確な答えは出ない。それは「価値」という言葉自体が明確な何かを示しているわけではないからだ。ある人はその価値を「価格」だと言い、ある人は「ステイタス性」だと言う。またある人は「希少性」だと言い、ある人はそのクルマが持つ「歴史」だと言う。価値観という言葉があるように、価値にはさまざまな見方があり、捉え方がある。まさに十人十色。何も高価でかっこいいクルマだけに価値があるわけではない。小さくて、非力で、一見何も取り得がないようなクルマにだって、価値を見出して大切に乗っている人もいる。クルマに対する価値観はいっぱいあっていいし、たくさんある国ほどクルマ文化が豊かなのだ、きっと。

バイクよりもオープンエア。

 古めのクルマが続く。前回の縦サンクが1984年。今回はそこからさらに1年古い1983年だ。しかもオープンカー。オープンカーといえば、ルノー・ウィンド以来だ。
 多くのクルマ好きはオープンカーが好きである。ご多分に漏れず僕も大好きだが、オープンカーの何が好きかっていうと、クルマが持つ「実用性」をきっぱり捨てて単なる「快感」を得ようしたところである。クルマの黎明期には屋根がなかったではないか、というべからず。あれは仕方なく「なかった」のであって、オープンカーは屋根が作れる技術があるにもかかわらず「あえて」屋根を捨てたのである。その潔さが僕は好きなのだ。屋根がない代わりに幌があるのだが、当然堅牢性はハードトップよりも劣る。雨が降れば幌を叩く雨音がうるさいし、雨が漏れてくることもある。幌をしまうためにスペースを取り、トランクルームも狭くなる。実用面から見れば、そりゃあもう欠点ばかりである。でも、そこをグッと飲み込んで、あえてオープンエアという快感を取る。風が頬をなで、髪をなびかせるあの気持ち良さは、バイクでだって味わえない。

最初で最後のタルボ。

 さて、そんなオープンカー、国によっていろんな呼び名がある。アメリカでは「コンバーチブル」、イギリスでは「ドロップヘッドクーペ」、フランス、ドイツなどでは「カブリオレ(カブリオ)」などが代表的な名前だろうか。まぁ、いずれにしても屋根が開くクルマであることは確かで、今回のタルボ・サンバ・カブリオレも幌を持つ一般的なカブリオレだ。
  1978年にプジョー傘下に入り、プジョー104をベースにタルボが独自の味付けをして1981年にデビューしたのがタルボ・サンバ。製造はフランス・ポワジーにある旧シムカ工場でのみつくられた。エンジンはもちろん104のものを流用したPSA X型で、954cc、1124cc、1361ccの3種類がラインナップし、スポーツモデルの「Rallye」も販売された。1285cc・130psの「プジョー・タルボ・スポーツ・サンバ・ラリー」は、密かにWRCのグループBにも出場していたのは意外にも知られていないのではないか。また兄弟車にはシトロエンLN、ヴィザがいることも付け加えておく。
 そんななか、カブリオレは1982年に生産が開始。イタリアのカロッツェリア・ピニンファリーナが車体を製造した(もしかしたら設計のみ、かもしれない)。エンジンは1361ccの1種類のみ。資料によると72ps版と80ps版が選べた、とあるが、試乗したモデルは72ps版だという。日本には西武自動車販売を通じて輸入され、当該車もそのうちの1台だ。その後、タルボブランドはなくなり、1986年に生産を終了した。

「傾斜角の大きさ」=「開放感の大きさ」。

 現車を前にしてみると、想像以上に状態の良いクルマだった。それもそのはず、走行距離は2万km台。オーナーさんの話によるといつもは屋根付きの車庫にしまっているというから、塗装の状態もいい。幌は張り替えてあるらしく、リアのやわらかいビニール製の窓もクリア。これ、たいてい曇って黄変しているのが多いよね。
 状態はいい。状態はいい。いいのだけど、果たしてどうなのだろう、と思った。というのは、所詮1361ccのシングルカムエンジン。72ps程度のクルマで、ハンドリングがとりわけ優れているわけでもなく、すばらしい乗り心地を持っているわけではなく、個性といえば「屋根が開く」ということくらいではないか、と思ってしまったからだ。クルマをお借りしておいて、それはそれは失礼な話だと思う。しかし、この疑念はサンバ・カブリオレに乗れば乗るほどに晴らされていくことになる。
 まずはシートだ。乗り込んで最初に感じるのがシートの感触なのだが、適度に沈み込み、少しだけ軽く弾むような印象を受ける。まさに古いプジョーのシート! 以前プジョー505のシートに座らせてもらったときの記憶がよみがえってきた。エンジンをかけ、ステアリングを切る。パワーアシストなしのステアリングだが、165の13インチと幅狭・小径のタイヤでそれほど力を要しない。アクセル、クラッチともに軽く、シフトフィールはやわらかい。どのゲートにも軽い力で抵抗なく入る。少し深くアクセルを踏み込めば、1基のウェーバーキャブがすぐに反応し、車体をグイグイと前に引っ張りはじめる。72psだが、840kgの車重を引っ張るには充分。その感覚は軽快そのもので、スイスイ走っていく。スイスイ、スイスイ。このクルマにピッタリの表現だと思う。
 乗って3分。僕はすっかりこのクルマが好きになってしまった。このクルマの良さは「屋根が開くことくらいでしょ?」と疑念のまなざしを向けてごめんなさい、と謝りたいくらいだ。その「屋根が開くことくらい」にも、現代のオープンカーにはない良さがある。勘のいい方ならすでにお気づきだろうが、フロントウィンドウの傾斜、である。最近のクルマはフロントウィンドウを寝かせているので、オープンにしても額のあたりにウィンドウの端がきてしまってどうにも気分がよろしくない。オープンにしてもあまり開放感を味わえないのだ。ところが、この年代のクルマはフロントウィンドウが立ちぎみになっているので、フロントウィンドウの端はドライバーの頭から離れる。その分、頭の周りの空間に余裕ができるから、より大きな開放感を楽しめる。同じオープンカーでも、フロントウィンドウの傾斜角の違いで、開放感に大きな違いができるのだ。

本当の特等席は、うしろ。

 もうひとつ。これはずっと前から思い続けているのだが「オープンカーは2シーターではなく、4シーターを選ぶべき」ということ。サンバ・カブリオレはまさにこの僕の勝手な提唱にかなっている。なぜならオープンカーの本当の特等席は後席だからだ。
 クルマを借りて、家に戻ったら奥さんが買い物に行きたいというので、サンバ・カブリオレで再び出かけた。奥さんは子どもといっしょに後席へ。時刻は7時。この季節、7時といってもまだ薄明るく、西の空には夕焼けが見えていた。雲は青とも紫とも言えない微妙な色合いを醸し出し、風はだんだんと冷気を含み始める。この世のすべてが美しく見えるという“マジックアワー”だ。そんな時間帯にオープンカーで走るのだから、たとえ見慣れた街並みでも、いつもとは違った表情を見せる。後席にはウィンドスクリーンはない。当然、背後にも何もない。斜め前方のロールバーがわずかに視界を遮るが、開放感は前席以上であることにはまちがいない。
「後ろの席、いいね」
 奥さんは周囲を見渡して言った。そりゃそうだ。そう思わない人はどうかしてる。
「ちょっと恥ずかしいけど」
 そう付け加えるほど、開放感たっぷりなのだ。

他人が何と言おうと、そんなのかんけーねぇ。

 やっぱりオープンカーはいいな。ルノー・ウィンドに乗ったときもそう思ったが、オープンカーには乗るたびにドライバーを気持ちよくさせ、クルマとともに過ごす時間をより濃密にしてくれる。その気持ち良さの多くは、オープンエアによるところが大きいのだが、このサイズ感も忘れてはいけない。小さくてキビキビ走るこの軽快感も、ドライバーの気持ち良さに大きく貢献していると思う。
 そう考えると、排気量が1リッター前後で、全長が3000~3500mm、4座のオープンモデルって、他にあるだろうか。旧ミニ、フィアット126(にもあったかな?)、ルノー4(プレネールだっけか?)……。僕の浅い知識ではそれくらいしか思い浮かばないが、いずれにしても希少車であることには違いない。
 現代では衝突安全性の側面などから、このサイズでオープンカーはなかなかつくれないだろう。だからこそ、非力であっても、ハンドリングが特別優れていなくても、めちゃくちゃ乗り心地が良くなくても「サンバ・カブリオレ」という存在自体に価値がある(と、きっとオーナーさんは思ってるはず)。たとえ他の人たちが「こんなクルマ、価値がない」と見向きもしなくても。自分の価値観を信じて、パリッとさせてサラッと乗る。そういうのってぜいたくだし、素敵だと思うなぁ。

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

1983y TALBOT Samba Cabriolet
全長×全幅×全高/3505mm×1530mm×1360mm
ホイールベース/2430mm
車両重量/840kg
エンジン/水冷直列4気筒SOHC
排気量/1361cc
最大出力/53kW(72PS)/6000rpm
最大トルク/107Nm(10.9kgm)/3000rpm

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