LANCIA Ypsilon 0.9 Twin Air

ランチアのイメージは微妙である。ここでいう微妙とは「いまいち」を表す微妙ではなく、さまざまな輸入車ブランドが持ち得ないイメージの間を掻い潜って、独自の立ち位置を確立しているという意味の微妙である。簡潔で表現してしまえば、マニアックであり、高級感があり、個性的なイメージ。そんな感じだ。

 

 

 

ボディカラーに2トーンを採用しはじめたのは、2代目から。3代目もその設定がある。あらかじめ2トーンを設定することを意識したかのようなボディデザインだから、おかしな塗り分けになるはずもなく、非常に洗練されているランチアはアオカビのチーズ?

ただマニアックといっても、それなりに名前は売れているから、クルマ好きが10人いたら1人しか知らないようなマニアックさではない。高級感があると言っても、マセラティのような高級路線とも違う。個性的と言っても、もちろんフェラーリやランボルギーニのような方向でもない。あくまで個人的なイメージなのだが、ランチアは分かりやすいブランドではない。高級感はあるが、その突き詰め方も一般的ではない。デザインも王道ではない。よって万人受けする個性でもない。だから結果、微妙。実に微妙。ランチアの旨さが分かる人は、たとえば……唐突で乱暴だが「アオカビのチーズが大好物」という方向性の人かもしれない。

 

リアドアのノブを隠すのは、イタリア車ではもはやよく知られた手法。それにしても見れば見るほど複雑なラインと面構成。ハッチのガラスが庇のように被さっているのも特徴的だランチアの歴史。

ランチアの歴史は深く、創業は1906年。当時からギリシア文字で始まる名称のモデルを生産していた。

1950年代までのランチアといえば、採算度外視、マーケット無視の経営だったため、当然のように経営が悪化し、1955年に倒産している。その後、新たに経営権を獲得した人物によって1960年代から「フラヴィア」や「フルヴィア」などの新型車をリリースしていったが、それでも経営は芳しくなく、1969年、フィアットに買収されることになる。フィアットグループの傘下になってからは、グループ内の高級車部門を受け持つようになるが、WRCでの活躍からスポーツカーのイメージがいまだ強烈に残っているのも確かだ。

2009年、フィアットはクライスラーを傘下に収めたことから、クライスラーとランチア、この2つの高級車ブランドをどうするかと悩んだ挙句、ディーラーを統合。日本ではイプシロンやテーマがクライスラーブランドで販売されるようになった。しかし、2014年にクライスラーグループとフィアットが経営統合して「FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)」が誕生した際、ランチアブランドは今後、イタリア国内の専売とする旨が告げられ、現在はイタリア以外でのランチアブランドは事実上、消滅したと考えていい。

 

ダークブラウンとブラックの組み合わせで、質感が高い。センターメーターも初代から踏襲している。カーナビゲーションを付けるとこのデザインが台無しになりそうで怖い最後のランチア。

何とも歯切れの悪い形でイプシロンはおろか、ランチアブランド自体が消滅してしまったわけだが、その歴史を見ても紆余曲折である。倒産したり、買収されたり……。買収された後はクライスラーとのバッティングで結局、消滅の道を辿ることになったわけだが、そういった背景を見ていくと、今回紹介するイプシロンは「最後のランチア車」と言えるモデルだ。

イプシロンが登場したのは、1994年で当時は「Y」の一文字で表記していた。小さな高級車を標榜したYだったが、そのコンセプトやデザインはあまりにも強烈だった。個人的には「イプシロンと言えば初代に勝るものなし」と思っているのだが、到底万人受けするモデルではなかった。2002年に2代目が登場し、車名も「Ypsilon」と表記されるようになった。プントのシャシーをショートホイールベース化して使用し、デザインも初代に比べたら幾分一般的になったのではないだろうか。そして2011年には3代目へモデルチェンジ。これまで3ドアしかなかったボディタイプが5ドアに変更されたが、当初、3代目が出たときにそのグリルを見て「あれ?」と思った記憶がある。ランチアと言えばグリルの中央に太いラインが走り、グリルを2分割するデザインが伝統的だったが、3代目にはそれがない。このとき、そのグリルデザインを見て「クライスラーと統合することで、ランチアは全部クライスラーになるのでは?」と予感したものだ。結局、2012年にFCAは「クライスラー・イプシロン」を発表し、その予感通りになった。ただ、さすがにブランド自体がなくなるとは、このとき思ってもみなかったが……。

 

白色の光源がまるで星のよう。これもイプシロンが持つ魅力のひとつインテリアにヤラれる。

当該車は2012年にクライスラー・イプシロンになるギリギリ前、2011年のランチア・イプシロンである。本国には直列4気筒1.2Lのファイアエンジンや直列4気筒1.3Lターボディーゼルのマルチジェットエンジンもラインナップされているが、ガレージ伊太利屋が日本に輸入しているのは直列2気筒0.9Lターボのツインエアと直列4気筒1.3Lターボディーゼルのマルチジェットエンジンの2モデル。トランスミッションは5MTとRMTの「D.N.F(Dolce Far Niente=何もしない歓び)」が用意される。

シャシーはフィアット500(チンクエチェント)用を延長して使用している。一クラス下のモデルをストレッチさせて使っているので、全長は歴代モデル中いちばん長く、全幅はいちばん狭い(5ナンバー枠)。

ファブリックとレザーのコンビネーションシート。座面はプレーンな革になっているのがいまどき珍しい。シートバックの波紋のようなデザインも上品だドアを開けると、さすがランチア。インテリアは非常に高級感があり、この室内だけ見たらとてもコンパクトカーとは思えないほど。アダルトで洗練された都会的なイメージ。もうこれだけで「ヤラれた」と感じる人はけっこういるかもしれない。

そしておもむろにキーを取り出し、エンジンをかけようと思ったとき、頭の中に少しの不安がよぎった。それはフィアット500のツインエアに乗ったときのことを思い出。2気筒が奏でる、あのチープなパタパタ感だ。500ならいい。あの音も振動もカジュアルな500なら許せる範囲だろう。しかし、イプシロンにアレは似合わない。どうだろうか……。キーをひねる。ブルルン……。うーん……。たしかにだいぶ抑えられている。抑えられてはいるのだけど、ちょっと気になる。いや、これは私がそういう視点で全神経を集中しているからそう感じるのかもしれない。気にしすぎか。

 

リアシートはシートバックの角度が立ちすぎていて、リラックスできない。座面も短いシフト操作に戸惑う。

ギアを1速に入れて走り出す。最初に感じたのは足回りのソフトさ。これは好印象だった。そもそもガンガン飛ばすクルマではないから、このソフトでしなやかな味付けは、イプシロンらしさをうまく表現できていると思う。コーナーではしっかりロールもするが、不快なレベルではない。非常に快適である。

しかし、シフト操作を繰り返していくと、あることに気付いた。シフトアップしてクラッチをつなぐと、必ずノッキングのような症状が出るのだ(いや、正確にはノッキングではない。ノッキングは、高負荷で加速したときに、エンジン内で起こるデトネーション(不完全燃焼)によるものなので、症状としてはノッキングのようだが、原因がそもそも違うので誤解なきよう)。ん? と思い、もう少し引っ張ってからシフトアップしてみる。今度は問題ない。そこで「ああ!」と分かった。イプシロン、非常にハイギアリングでステップ比がロングなのだ。私自身がいつもクロス気味の5MTに乗っていることもあって、その感覚でシフトチェンジすると、どうしても合わない。(ただ、ここでちょっと断っておきたいのが、当該車のコンディションの問題だ。じつはこのイプシロンに乗ったとき、イグニッションコイルが不調だった。だから低回転域でのトルクが粘らず、結果的にノッキングのような症状が出たのかもしれない。その後、イグニッションコイルは交換されたので、このときのような症状は薄まっている可能性もある)

ラゲッジは5:5の分割可倒式。容量は小型車としては一般的これ、どうしてこんなハイギアリングでロングなステップ比にしたのだろう。そもそも小排気量でパワーもトルクも小さいのだから、6速のクロスミッションをスパスパッとシフトアップさせてスピードに乗せたほうがいいような気がするのだが……。各ギアで引っ張るのもいいけど、それだとせっかく抑え込んでいた2気筒のネガが顔を出し、とてもじゃないけど、小さな高級車に似つかわしくない音と振動だ。それにそもそも高回転まで回しても愉しいエンジンではない。ちょっと調べてみたが、5速に入れてメーターが100km/hを指したとき、その回転数はわずか2600rpm。もちろん、そこまでのスピードに達すれば、高速クルージングは静かで快適なのだが……。

そうなるとD.F.N.はどういう変速をするのか、気になってくる。もしかしたら高回転まで回さず、かといってシフトアップ時にノッキングもしない絶妙のタイミングでシフトチェンジをしてくるかもしれない。

そんなことを考えながら乗っていたら、メーターの中にシフトアップのタイミングを促すインジケーターがあることに気がついた。おお! そうか。これに従ってみようとチャレンジしてみる。すると、このやろう、2000rpmでシフトアップを要求してくる。それに従ってシフトアップすると、当然回転がドロップし、例のノッキング状態に。エンストこそしないものの、こんな状態でアクセルを踏むのは、どうにも気分が悪い。うーん、これでいいのか。

 

直列2気筒0.9Lターボ。ツインエアエンジンは最大トルクを1900rpmで発生させる低回転型エンジン。上まで回しても6000回転で頭打ちになる。ちなみにカム駆動はタイミングチェーンだファイアエンジンがいいような気がする。

いったいこの問題をどう解決すればいいのか。小さな高級車なんて枠にとらわれず、ガンガン踏んでガンガン回して乗るのがいいのか。それともノッキングさせながらも低回転を維持してお上品さを保つのか。エンジンをガクガクさせてるのにお上品もないもんだが、とにかくエンジンとトランスミッションのギア比がマッチしていないように感じた。エンジンの排気量を上げるか、トランスミッションのギア比をクロスさせるか。トランスミッションのギア比を変えることはできないので、そうなると直列4気筒1.2Lのファイアエンジンを選んだ方がいいのではないかと思う。もちろん乗ったことがないので断定はできないが、1.2Lならこのトランスミッションでもツインエアより優雅に走れるはずだ。燃費重視の向きにはおすすめできないが。

 

タイヤサイズは185/55R15。ホイールは「y」を集合させたデザインになっている孤高の存在。

このエンジンとトランスミッションのマッチングは、イプシロンに乗る前に乗っていたクルマ(自身が所有するクルマ)によって大きく評価が分かれるかもしれない。私のようにクロス気味のMTに毎日乗っている人だと、染みついたシフトアップのタイミングから“イプシロン用”のシフトタイミングに慣れるまで、ちょっと時間がかかるかもしれない。反対にロングなステップ比のミッションに慣れている人は、先に書いたような不満は出ないのかもしれない。

細かいことを書いたが、もっと大局に立てば、4m×1.7m以下のコンパクトカーで、ちょっとクセのあるクルマと言ったらイプシロン以外見当たらないのは確かで、そういう意味ではランチアの持つ魅惑的なデザインを愉しめる最後のモデルとして貴重な存在である。その存在感はもちろん初代ほどではないにしろ、外観、インテリともに所有する歓びは充分にある。ゆったりとした乗り味を求めるなら、フィアット500よりもイプシロンだ。ご自身のセカンドカーとしてもいいし、奥様に乗ってもらうのもいい。

 

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

 

2011y LANCIA Ypsilon 0.9 Twin Air

全長×全幅×全高/3840mm×1670mm×1520mm
ホイールベース/2390mm
車両重量/1080kg
エンジン/水冷直列2気筒SOHC8V
排気量/875cc
最大出力/63kW(85PS)/5500rpm
最大トルク/145Nm(14.8kgm)/1900rpm

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