PEUGEOT 607 Comfort

フラッグシップとは何か。そのメーカーを象徴するモデル? デザインの方向性を決めるモデル? フラッグシップに重厚な存在感は必要? 著名なフラッグシップモデルがあるなか、あえてプジョー607というあまり目立たないモデルに乗ったことで見えてきたことがある。フラッグシップの存在価値を考えさせられる1台だ。

 

 

サルーンでありながらルーフからデッキに流れるラインがクーペのようにも見える。デザインは社内だが、ピニンファリーナであると言われれば、そう信じてしまうようなシルエットである。いま見れば非常にオーソドックスで新鮮味はないが、清く正しいスタイルである。ちなみに2002年度のグッドデザイン賞を受賞しているフラッグシップの系譜。

プジョーのフラッグシップである「60X」系の歴史は戦前まで遡る。

1934年、3桁シリーズで初めてとなる601がデビュー。直6の2リッター(正確には2148cc)で60馬力。ベルリーヌ、ロードスター、コーチ・デカポタブル、リムジンなど、さまざまなボディタイプを持つのが特徴だった。

しかしその後、歴史はいったん途絶え、1975年になって後継の604が登場。ルノー30、ボルボ264と共通のPRVエンジン(V6)を積んだ604は、当時のセオリー通りピニンファリーナがデザインした。10年間製造された604は1985年に生産を中止し、またもやその歴史が途絶えてしまう。

そして1989年、ようやく次期モデルである605がデビュー。シトロエンXMをベースにしていることから「60X」系で初のFFとなった。

リアまわりを見ても特に奇をてらうようなデザインは感じられないが、やはりルーフからデッキに流れるラインの美しさが際立つ1999年になり、今回紹介する607を発売。エンジンはガソリンの直4 2.2リッターとV6 3.0リッター、ディーゼルでは直4 2.2リッターがあり、2004年にマイナーチェンジを受けている。日本には最上級モデルのV6 3.0リッターモデルのみが導入され、グレードは「コンフォール」と「スポール」の2種で展開。コンフォールは本革シートにウッドパネル、16インチホイールを装備し、スポールはファブリックシートにカーボンパネル、17インチホイールを装備しているのが主な違いだ。トランスミッションはどちらも4ATと極めて一般的である。

 

往年の高級車のお手本とも言えるようなインテリアデザイン。ウッドパネルの配し方に懐かしさを感じる。ブラックだからか、男性的なイメージを受けるその長さに戸惑う。

ヴィブルミノリテは基本的にコンパクトなクルマが多く、これまでのラインナップを見渡しても、フラッグシップモデルを扱うのは初めてのこと。クルマの周りをグルグルしながら、私は乗り込むことに少し躊躇していた。

見た感じの第一印象は、とにかく長い、だ。全長はほぼ5mだし、ホイールベースは2.8mもある。その堂々としたサイズはさすがにフラッグシップの風格だと思った。

少し離れて眺めてみる。すると607は近くで見るよりもグッと魅力が増したように思えた。とにかくシルエットが美しい。伸びやかで優雅。ジャーマン3のフラッグシップが持つような押出しの強さはないが、貴婦人のような香り立つセクシーさがある。その美しさはサイドビュー(もしくはフロント:サイドが2:8になるくらいの眺め)で最も際立つ。

少し軽めのドアを開け、運転席に座ると急にタイムスリップしたかのような気分になった。いちばんに主張してくるのがウッドパネルだ。ウッドパネル自体は現代の高級車でも使われているのだが、この木目の模様やテカテカした光沢、あしらい方に懐かしさを感じる。エクステリアの女性的な印象とは違い、インテリアは男性的な感じがする。このくらいのサイズの高級車になると、ATの右ハンドルでもいいかなぁと思う。

 

シートは大柄でゆったりとしている。このモデルのインテリアはブラックだが、受注生産で手に入れられる「アイボリースタイル」のほうが華やかで607に合っていると思う。ジキルとハイド?

走り出して最初に感じたのは、不思議な乗心地。いわゆるプジョー伝統の“猫足”とも違う。電子制御の可変ダンピングシステムの影響だろうか。トヨタ・セルシオが電子制御のエアサスペンションを搭載していたが、それに似たような感覚。路面がどんな状況でもフラット感を保とうとする感触は独特だ。

それにしても踏み始めの重いアクセルペダルだ。そのせいなのか、車重のせいなのかどうか分からないが、出だしが非常にもっさりしている。2500rpmくらいでシフトアップしていくので、いまどきのエコモードのようなシフトプログラムだ。そのくせ、低速域ではステアリングのアシストが効いてハンドリングが軽い。取り回しは楽だが、高級車のイメージにあるような重厚感を重んじる人には「ちょっと違うなぁ」と思うかもしれない。

後席も広々。シートの座面が前席よりも高く、見晴らしがいい。シートの座面を高くした分、ルーフの内側をえぐってヘッドクリアランスに余裕を持たせている。後席にもシートヒーターを装備

ふとシフトレバーに目をやると、マニュアルモードが付いていることに気付く。マニュアルで操作してみようとレバーを動かしてみた。すると先ほどのもっさり感はウソのように晴れるではないか! ギアを固定して回転を上げていくと、けっこう軽快に回る。それにともない、先ほどまでぜんぜん聞こえなかったエンジン音も勇ましくなり、気持ちのいい排気音も聞こえてくる。これ、もしかしてけっこう高回転を好むエンジンなのではないか。スペックを見るとそうでもないが、踏めば踏むほどエンジンのフィーリングが気持ちよく感じられる。よくよく考えてみれば、このエンジンはプジョー/シトロエン/ルノー共通のV6。クリオ(ルーテシア)V6に載っているエンジンもこれと基本は一緒なので、回すと楽しいのも納得できる。これはいいかも……。

3.0リッターV6エンジンは、ノーマルモードでは厳しく躾けられているが、Sモードにした途端、活発に回り出す。あんがいスポーティな性格だと思うシフトレバーを戻し、今度は「S」モードで走ってみる。先程述べた電子制御の可変ダンピングシステムは9種類のダンピング設定を持っているが「S」モードにするとその中でも最も硬い設定になるという。ATのシフトプログラムも変わる。ノーマルモードでは2500rpm付近でシフトアップしていたが「S」モードにすると、それがグンと上がり、4500rpm付近まで引っ張るようになる。ロール感が減り、エンジンも元気になり、アクセルレスポンスも上がるので、クルマが変わったような気さえするからおもしろい。個人的にはノーマルの“エコモード”よりも、Sボタンを押した方が断然好みだが、フラッグシップという位置づけを考えると、ガンガン踏んで走り倒すような乗り方は607らしくないといえば、らしくない。ここぞというときに切り替え、普段は優雅に上品に乗った方が良さそうだ。

短い距離だが、高速道路でも乗ってみた。想像通りこの手のクルマは高速道路でこそ、その性質をいかんなく発揮できる。低回転でゆったりとクルージングすれば静かだし、エンジンからの振動もほとんどない。フラット感はますます増し、快適な移動が可能だ。ただ、この気持ち良さは“走る歓び”ではない。もっと全体的な、この空間に身をゆだね、この空間に居られることの歓び。そう表現したほうが正しいかもしれない。

 

トランクはとにかく広い。幅1445mm、奥行1230mm、高さ500mmで容積は600リットル。シートバックは6:4の分割可倒式で、トランクスルーも可能フラッグシップたるや、かくあるべき?

帰り道、この現代においてプジョー607を価値をどう捉えればいいのか、そしてあえてこのクルマを選ぶ理由とは何か? といつものいかんクセが頭をもたげてきた。プジョー607は、いや、すべてどの国のどんなクルマであろうと、そのものが好きであるなら、そのものを受け入れ、乗ればいい。そこに理屈なんて存在しない。このように純粋に、真正面から捉えれば、それでいいのだが、もともとそういう性分ではないので、もうあきらめるしかない。

だいたいどのメーカーもフラッグシップたるモデルや、コンサバティブであり、王道であり、こざかしいことはしないものである。何も足さない、何も引かないと言わんかのごとく、ドンと構え、鎮座ましますモデルである。ただ、そうしているだけで価値のあるのは、ジャーマン3の連中のみと言ってもいい。

タイヤサイズは225/55R16。スタイルを重視していたずらに高偏平にしていないのがソフトライドにつながっている。フロントキャリパはブレンボだが、効きはいたってマイルド

そういったジャーマン3のコンサバ路線から舵を切り、独自の道を走っているのはイタリア勢だ。アルファ166、ランチア・テージスなどはまさに個性と粋の塊で、このデザインと佇まいだけで選ぶ価値がある。もちろんフランス勢も負けていない。シトロエンXMはそのデザインに加え、ハイドロを武器に唯一無二の乗心地を実現しているし、ルノーもコンサバを地で行くようなサフランの後継車として、真逆に振ったヴェルサティスをデビューさせた。その前衛的なデザインは、目を釘付けにする、異色の存在感を放っている。

フラッグシップであっても決してコンサバ路線を選ばず、それぞれの個性を発揮しようとする考え方は個人的に大好きだし、今後もそうあってほしいと願うのだけど、その中にあってプジョー607の存在感はどうなんだろうか。もちろん、伸びやかで優雅なデザインである。美しくもある。ただ、強烈に引き付けるものがあるかと問われれば、NOである。メカニズムにおいても特段、惹かれるものはない。

いや、待て。強烈に引き付けられるものがあれば良いという価値観はやっぱり偏っているのか。そういったものがないからこそ、そこに価値を感じるという向きもある。スリークなデザインを身にまとい、強烈なインパクトは与えないけど、さらっと乗りこなす。ジャーマン3とは違う切り口で高級車をつくるとこうなる、というのをこの607が体現しているとも言える。

「過剰な自己主張なんて、いらないわ」と言わんばかりに、この大柄なサルーンをクールに走らせる女性がいたら、それはそれで素敵なのかもしれない。あ、それはクルマじゃなくて女性のほうが素敵なのか……。

 

 

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

 

 

知らないとトランクが開けられないギミック。607の「0」の真ん中を押そう。もしこれが壊れたらと考えると……。いやいいか。シートバックを倒せばいい

2005y PEUGEOT 607 Comfort
全長×全幅×全高/4875mm×1830mm×1460mm
ホイールベース/2800mm
車両重量/1610kg
エンジン/水冷V型6気筒DOHC
排気量/2946cc
最大出力/152kW(206PS)/6000rpm
最大トルク/285Nm(29.0kgm)/3750rpm

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