FIAT Grande Punto 1.4 16V Sport

このクルマ、乗るといいんだけど、何で売れなかったのかなぁ……と思うクルマはいくつかある。この場合、ポイントは「乗ればいいと分かる」というところ。そう、多くの人は、クルマを乗らずして第一印象で取捨選択してしまうのだ。いくらその人にとってピッタリのクルマがあったとしても、第一印象に引っかからなければ、おそらく乗られる機会もなく、購入されることもない。でも、かといって条件にあったクルマすべてを乗って決めることも難しい。第一印象は最初の関門。まずここを潜り抜けなければ、次はない。

個人的にはすごくかっこいいデザインだと思う。主張しすぎず、静かにスマートにかっこいい。それにしても知らない人が見たら、3ナンバーのクルマだと思うだろうピンチになると現れる救世主

イタリアの大衆車メーカーであるフィアットには、個人的にこんなイメージがある。新しいモノ好き、オシャレ、走りの楽しさがある、だけどモノづくりのツメが甘い、でもそれを魅力に変えるのが得意、ときどき変なクルマを出す、マイナーチェンジでグリルを付けがち……。そしてこれら以上に「経営危機を何度か迎えるが、そのたびに救世主が現れて復活する」という印象も強くある。救世主とはもちろん自社のクルマのことで、経営が危なくなると、必ずと言っていいほどヒット作を放つのだ。たとえば初代パンダ、ウーノ、初代プント、そしてこのグランデ・プントや現行500がそれに当たる。今回のグランデ・プントは、かつてフィアットの屋台骨を支えたプントの血を引いている。

 

ハイウェストなバンパーラインが特長。テールランプの形も初代プントを思わせる結局、プントに戻る

初代プントは1993年にデビューした。1.1L、1.2L、1.4Lのガソリンエンジンと1.7Lのディーゼルエンジンを持ち、デザインはジウジアーロである。2代目は1999年。1.2L、1.8Lのガソリンエンジンと1.3L、1.9Lのディーゼルエンジン。初代同様、富士重工製のCVTも採用された。1.8L 5MTのHGTアバルトは、以前にも紹介させてもらったので憶えている読者の方もいらっしゃるだろう。

そして2005年、名前を「グランデ・プント」に変えて登場。プントにしなかったのは、おそらく本国で2代目プントを併売していたからだろう。アバルトブランドからは「アバルト・グランデ・プント」として2009年に発売された。

ヴィブルミノリテな方は、きっとここまではよくご存じなはずだが、それ以降はどうだろう。2009年にマイナーチェンジし、名前が「プント・エヴォ」に変わる。アバルトも同様に「アバルト・プント・エヴォ」になり、2012年にはさらにマイナーチェンジし、名前が「プント」に戻るのだ。プント→グランデ・プント→プント・エヴォ→プント。このような名称の変遷を持つクルマは、他に類を見ない。そして2018年、欧州向けのプントは生産終了。現在は、インド市場に向けたモデル「プント・ピュア」として生産が続けられているという。

 

5ドアのグランデ・プントはグレーの部分のダッシュボードがファブリックでカラフルな素材だったが、スポーツはシックにヘアライン入りメタル風。ステアリングはチルト、テレスコ両方の機能が備わるこれ、5ナンバー?

当該車は2006年のグランデ・プント・スポール。3ドア、右ハンドル、6MTでモデル初期のものだ。当時、日本にはまずこのスポールから導入され、その後にSOHCエンジンのデュアロジックモデル(5ドア)が入ってきた(これも以前、白いのを紹介した)。ちなみに日本仕様のエンジンはすべて1.4Lのガソリンである。

このクルマを最初に見たとき、大きいなと思った。歴代プントのイメージで見ると明らかに大きい。だが、標板を見てみると5ナンバーである。あれ? 幅はそうでもないのか、と思って諸元をよく見ると、全長が4mを超えている。5ナンバーなのに大きく見えるのはそのせいかもしれない。

プラットフォームは当時、提携関係にあったGMと共同開発の小型FF用「GMガンマ・プラットフォーム」を使用。このプラットフォームを使っているのは、グランデ・プントのセダン版「リネア」やMPVのクーボ、アルファロメオ・ミトなどだ。

シートベースにある点(Punto)が特徴的。シート自体が大柄でゆったりと座れるし、サイドサポートの効き具合もちょうどいいデザインは初代と同じくジウジアーロ。2代目プントのようなエッジの効いた感じではなく、何となくマセラティを彷彿をさせるような、初代プントのような、丸みを活かしたデザインだ(そりゃそうだ。マセラティのクーペもジウジアーロだ)。端正かつ合理的、無駄のない線で構成されたボディはなかなか秀逸。奇抜でもなく、街中のクルマたちに埋もれてしまうような没個性でもなく、ちょうどいい主張具合である。

乗り込んでみると、車内は5ナンバーサイズとは思えないほど余裕がある。かつてあった「ブラビッシモ」に通じるような、外寸からは想像できない車内の広さに、ちょっと感動する。ブラビッシモではその良さがいまいち訴求できなかったように思うが、グランデ・プントでそれが果たされたのではないか。

シートは大柄でゆったりしており、適度なサポート感がスポーツグレードらしい。インテリアはちょっと地味かなぁとも思うが、それがフィアットらしさでもある。フィアットグループはいくつものブランドを傘下に収めているが、大元であるフィアットはあくまでも大衆車メーカー。必要以上に華美なデザインは高級車スポーツカーブランドのほうに任せて、我が本分を全うする、とでも言いたげである。

ダッシュボードには、金属の板にヘアライン加工を施したような意匠が施されている。これがなかなか洒落ているのだ。触ってみると分かるが、これは金属ではなく樹脂。金属のような硬質感、冷感も見事に表現されている。

 

5ドアは5人乗りだったが、スポーツは4人乗り。シートの座り心地は悪くないが、足元のスペースはそれほど広くない峠の下り、最高!

乗ってみると、5ドアのグランデ・プントに乗ったときの印象とだいぶ違っていたことに驚いた。5ドアのほうは乗り心地がフワフワしていて、低速では路面のアンジュレーションをいちいち拾うので、ヒョコヒョコと落ち着きがなかった。しかしスポールにそんな印象はなく、どっしりしていてスタビリティ重視のセッティングになっているような気がした。5ドアモデルとこのスポール、足回りでは何が違うのか。正確には分からないけど、ホイールは15インチから17インチにアップしているし、おそらくサスペンションのセッティングも違うだろうから、そういうところで味付けが変えられているはずだ。

リアシートのシートバックは分割しない左右一体型。リアゲートにはオープナーがなく、開けるにはキーレスのスイッチがダッシュボード中央のスイッチを押すしかないエンジンはフィアットの、もはや伝統とも言えるFIREエンジン。このエンジン、モーターのように高回転まで回り、いかにもその気にさせるエンジンなのだが、いかんせん素っ気ないのだ。上まで回してもドラマチックじゃない。まぁ、それを淡々と回るクールなエンジンとも言えるし、全域フラットトルクなので扱いやすいとも言えるから、人によって印象がかなり異なる部分である。でも、いまのご時世、高回転まで淀みなく回るエンジンも珍しくなっているので、文句を言ったら怒られそうだ。貴重なエンジンなのだから、こういう性格だと理解して楽しむのが吉である。

6MTのギア比はスポーツモデルにしてはちょっとワイド。シフトチェンジのフィーリングが良いので、無駄にシフトチェンジしたくなる。カチッとした硬質な感じではなく、緩いのだけど、軽い力でスコッと入るのが気持ちいい。併せて電動パワステのハンドリングも速めなので、峠道も楽しく走ることができる(ただ、やはり「CITY」モードは必要ないと思う)。上りは(もちろん斜度によエンジンは高回転型で上までよく回るが、上に行けば行くほどパワーが溢れ、高音域のサウンドを奏でる……といったドラマチックさはない。全域フラットトルクで扱いやすいるが)、1.4Lのトルク(12.7kgm)ではさすがに厳しい。しかし、下りはこのデカいタイヤ(205/45R17)の恩恵もあって、けっこう楽しめるはずだ。コーナーでギューッとブレーキングし、フロントタイヤを潰しながらコーナーリングしていくと、思いのほかタイトに曲がる。うーん、これはいい! シーンが限定されるが、グランデ・プントの楽しさを存分に味わうなら、峠の下り。これに限る。

走りにおいては、5ナンバーサイズいっぱいの大柄ボディはちょっと重そうだと思うかもしれないが、実際の車両重量は1.15t。想像よりも重くはない。この重量とエンジンパワーのバランスは、先述のような斜度のある坂道ではアンダーパワーを感じるものの、普段使いにおいては、絶妙なイーブンさを感じるし、踏めば踏むだけ走ってくれる。人の感覚(あくまでも私個人の感覚だが)にうまいことシンクロした気持ち良さを提供してくれるのだ。こういう感覚は、恐ろしくハイパワーなスポーツモデルや、経済性ばかりを優先した現代の大衆実用車では得られないと思う。

いいクルマなんだけど……

この満足感の高さは、比較対象の少ない絶妙な立ち位置によって得られるものだと思う。大きすぎない軽めのボディ。そのボディにちょうどいい出力のエンジン。少し締め上げられた足回り、過度に主張しないデザイン……。

そんな風を見ていると、何だかルーテシア2における「16V」の立ち位置と同じような気がしてきた。RSほど高性能じゃなくてもいい。でも、床まで踏んで楽しいクルマってないの? という問いの答えがルーテシア16Vだったが、このスポーツもまさにそう。ターボ付きのアバルト・グランデ・プントまではいらないけど、もうちょっと気軽に走りが楽しめるクルマってないの? の答えなのだ。ただ、内外装とも派手さを欠くし、パフォーマンスにおいても突出したものを持っているわけでもない。そういった表面的な部分のみに着目するのなら、惹かれるところは少ないだろう。しかし、一度、その本質を知ってしまえば、スルメのように長く愉しさを感じさせてくれるはずである。そういった面も、ルーテシア2 16Vと似ている。

5ドアの15インチに対し、スポーツは17インチというデカいタイヤを履く。この車格に17インチは明らかにオーバースペックだが、このタイヤがスポーツのかっこよさを支えているのは確かだ5ナンバーサイズに収まる3ドア、6MTのホットハッチって、いまとなってはなかなかない。さらにグランデ・プントにはデュアロジックだけど、5ドアモデルもある。いいところを突いているクルマだと思うのだけど、日本ではあまり見かけることなかった。最近のフィアットで見かけるのは500ばかりだ。ツボを押さえた感のあるクルマを提案するよりも、消費者の食いつきがいいキャッチ―ななクルマを出したほうが収益が上がる。そんな甘い汁を知ってしまったのか。だから、プントを止めたのか。フィアットの良識はパンダにしか残らないのか。個人的にはパンダ3の実直なつくり方で、プント4をつくってもらいたいと思う。

ちと暴言が過ぎたか。気を取り直して。いまとなっては1.2Lと0.8Lのデュアロジックしかない500に比べ、ゆとりのあるサイズに1.4Lの6MTを持っているのだから、スポールの存在意義はある。

通常モデルからちょっとだけスポーティーに仕立てたスポール。それは眉間にシワを寄せてハンドルを握る必要のない、お気楽な世界がある。普通のクルマとして5ナンバーに収まるサイズ、街中はもちろん、高速道路も峠道もそつなくこなしてくれる脚と動力性能、あわせて1.4Lという経済性。これでもう充分じゃないか。

 

PHOTO & TEXT/Morita Eiichi

 

 

2006y FIAT Grande Punto 1.4 16V Sport
全長×全幅×全高/4050mm×1685mm×1495mm
ホイールベース/2510mm
車両重量/1150kg
エンジン/直列4気筒DOHC 16バルブ
排気量/1368cc
最大出力/70kW(95PS)/6000rpm
最大トルク/125Nm(12.7kgm)/4500rpm

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