PEUGEOT 208 GT Line

ヴィブルミノリテ史上、とにかく最新モデルである。2020年のいまにあって、2020年モデルを扱ったことはかつてない。最新モデルよりもひと昔前のモデルを好む私たちにとって、これは現代のテクノロジーに対する試金石のようなものかもしれない。最先端の自動車技術を投入したクルマをどう捉えるのか? どのような価値を見出せるのか?

 

 

デビューは2019年のジュネーブショー。マスタードイエローはガソリン車で言うとGTラインとアリュールに設定されている。派手過ぎない落ち着いた色だ。ランプ類はフルLEDプジョーの新たなデザインランゲージ

かつてプジョーはフランス車の中でも、派手ではないがエレガントさを感じるメーカーだった。あくまでも個人的な見解だが、そのイメージは1980年代後半から2000年代中盤あたりまでの「05」、「06」モデルあたりでつくられたと思う。ダンディーな505、大ヒットした206、どこから見ても美しい406(クーペ)など、その奥ゆかしさは、日本人の美意識をくすぐるものがあった。しかし、307、207あたりから徐々にその路線は崩れてきた。シトロエンとの差別化なのか、もっと自己アピールをしなければ生き残れないと判断したのか。その理由はさておき、508、208の後期モデルから、プジョーはさらに新たなデザインランケージを手に入れ、変貌しようとしている(プジョーはフルモデルチェンジごとに車名の下一桁が増えるはずなのだが、509、209にはならなかったのには何か意図があるのだろうか)。

 

リアのコンビネーションランプをガーニッシュなどで一直線につなげるのは、世界的なデザイントレンド。ホイールアーチを縁取るパーツはタイヤを大きく見せるギミックだろうかインテリアデザインが見もの

新しいプラットフォームに新しいデザイン、先進的な運転支援機能などを加えてデビューした208は、2018年にデビューした2代目508と同様のテイストを持っている。

プラットフォームは「CMP(コモン・モジュラー・プラットフォーム)」と呼ばれるもので、Bセグメント以下のクラスを受け持つ。この新プラットフォームの特徴は電動車にも使えるということ。そのため、ガソリン/ディーゼル車と同時にEVである「e-208」も同時にデビューを果たしている。

インテリアは先進的でかっこいい。ハンドルの上越しにメーターパネルを見る仕様。ヘッドアップインストルメントパネルと呼ぶそうだいまどきのクルマっぽくイルミネーションによる演出も。インテリアアンビエンスランプと名付けられた機能はGTラインのみに装備されるデザイン上のポイントとなるのは、ヘッドライトの外側から下へ伸びるデイライト。ライオンの牙を模しているのだろうか。この場所にデイライトを配したクルマは他にないので、とても新鮮に映る。インテリアにおいても、特にインストルメントパネルまわりが個性的だ。建築的、造形的で先進感のあるインテリアは、これだけで他車と差別化できる大きなポイントである。
エンジンはガソリンの3気筒1.2リッターターボとディーゼルの4気筒1.5リッターターボの2種類。日本には前者が導入され、アイシンAWの8ATと組み合わされる。グレードはスタイル<アリュール<GTラインというシンプルな構成である。

 

GTラインはサポート性の高いスポーツシートを採用。グリーンのステッチが印象的だドライビングポジションにクセあり!?

当該車は左ハンドル6MTの並行車である。グレードはGTラインで外観上の特徴としては、ホイールアーチにブラックの縁取りが付いているのと、17インチのアルミホイール。さっそく乗り込んでみると、未来的なインテリアが迎えてくれた。特に3D iコクピットと呼ばれるメーター周りの造形はかなり凝っている。エンジンをスタートさせると、メーターグラフィックはまさに3Dと言える立体的なレイヤーで目を楽しませてくれ後席の居住性も充分なスペースがあり、快適だる(エンジン始動までの動画)。ちなみに走行モード(エコ/ノーマル/スポーツ)の切り替えによってグラフィックが変化するし、カスタマイズも可能だ。
ステアリングは横長の楕円形。通常はハンドルの北半球部分を通してメーターを読み取るが、新型208はハンドルの上端越しにメーターを見る。調べてみると、この形式は先代から採用されているようだ。かなり斬新なアイデアなのだが、実際に僕が座り、好みのポジションを取ってみると、ハンドルの上部が思い切りメーターに被って見えない。シートの高さ、ハンドルの高さ/遠近ともに調整できるので、メーターが見えるようなポジションに合わせてみる。しかし、そうするとハンドルが低くなり過ぎてどうも落ち着かない。まぁ、慣れが解決するかもしれないが、ドライビングポジションに強いこだわりを持っている人は、このあたりで悩んでしまうかもしれない。

 

 

フロント、サイド、バックソナーはもちろん、ギアをリバースに入れるとバックカメラとクルマを俯瞰した映像が映し出される新しい“猫脚”の解釈?

メーターグラフィックがゲーム的であるなら、ハンドリングもゲーム的である。駐車時のような極低速では恐ろしく軽い(フィアット車に付いていたシティモードのように)。路面からのインフォメーションが希薄ということでもないのだが、タイヤとハンドルの間にたくさんの仲介物の存在を感じる。小径ハンドルも相まって、どこかレースゲームを操作しているような雰囲気なのだ。しかし、この感覚は次世代の常識になるかもしれない。iPhone8のホームボタンのクリック感は物理スイッチではないが、その感触はたしかに伝わる。それと似ているような気もする。

走り出すと想像とは違った乗り味に少し驚いた。フランス車の中でもプジョーはもっともドイツ車っぽく、かつてプジョーの乗り味を表現するのに使われた“猫脚”は消滅したものだと思っていた。しかし、ボディ剛性は高く、脚はしなやかに動き、かなりソフトな印象を受けた。低速域でもゴツゴツした感じはなく、ギャップもまろやかにいなす。先代の208もこんな感じだったのだろうか。少なくとも207とはまったく方向性の違う味付けだ。

3気筒1.2リッターターボのエンジンは、低回転域から高回転域までフラットなトルク特性で乗りやすくはあるものの、回転上昇時のフィーリングがガサガサ、ゴロゴロしていてちょっと雑だ。滑らかではないので、加速フィーリングはそれほど気持ちよくはないが、感じ方によってはそれがいかにもエンジンっぽいとも言える。

 

荷室容量は5人乗車時で265リッター。フロアの下にはさらに44リッターのスペースが備わる違うフィールドでもっと確かめてみたい

これまでのヴィブルミノリテではあまり紹介してこなかったADAS(先進運転支援システム)やインフォテインメントも充実している。ADASについては、アクティブクルーズコントロールやトラクションコントロールはもちろん、アクティブセーフティブレーキ、ディスタンスアラート、レーンキープアシスト、ドライバーアテンションアラート(居眠り防止警告)など、このクラスに搭載され得るひと通りの機能が揃っている。
インフォテインメントは、並行車であっても日本語を表示できるので安心だ(中国語で使われるような漢字で表記される部分もあるけど)。7インチの画面を採用していて、それをタッチして操作する。もちろん、スマートフォンとの接続(有線)も可能。「Apple CarPlay」、「Android Auto」に対応し、スマートフォンの機能がおおむね使えるようになる。
自動車は時代と共に多機能になっていくので、機能や情報の整理をするために物理的なスイッチだけでは賄いきれなくなる。そこでいつも話題に挙がるのが、どの機能をデジタルスイッチにするのか。よく使う項目は、スクリーンを何度もタッチしてたどり着くような場所に置きたくない。そういうものは、目視しなくても指の感覚で操作できるアナログスイッチにしたいものだ。208は中央のエアコンの吹き出し口下にトグルスイッチを備えていて、素早く操作したいハザードスイッチやドアロック、前後デフロスターなどが居を構えている(後から慌てて付けたようなオーディオのボリュームスイッチはご愛嬌)。それ以外はタッチスクリーンで操作するのだが、操作する項目によっては「戻る(←)」のアイコンがあったり、なかったりして統一感に欠ける。このあたりはさらなるつくり込みを期待したい。
今回、新車ということで走る場所は市街地に限られたが、峠のようなワインディングを舞台にして、少しペースを上げて走ってみるとどんな印象が得られたのだろうか。もしくは高速道路での高速走行も気になる。足回りの仕事はどうか。ハンドルからのインフォメーションはどうかなど、確かめたいところはあるが、それが体感できるとしたらおそらくATモデルになるだろう。このコーナーで取り上げるのは、同じ車種だとしても仕様違いのものという暗黙のルールがあるので。

 

当該車は最高出力130PSを発生する1.2リッターピュアテックエンジンを搭載。日本には同排気量の100PS仕様が導入され、組み合わされるのは8ATのみとなるすばらしいプロダクト

2020年のいまにあって、2020年モデルを乗るという貴重な体験をさせてもらった。全体を通して感じたのは、クルマの基本性能である「走る、止まる、曲がる」は、もはや成熟しており、クルマの差別化ポイントにはなり得ないということ。それらを通して感じることができる「運転する楽しさ」について、カーメーカーはないがしろにはしていないものの、そういった感覚的なもの以上に、デザインや先進安全など「運転しなくても分かる」ものに力を入れる流れがより加速していると感じた。もちろん、デザインや技術の進化は否定しない。時代が進むごとにプロダクトとしてより良くなるのは当然である。
しかし人間の、クルマへの嗜好というのは、それほど簡単に変わるものではない。その嗜好はその人の性格のほか、生まれたときの時代背景、経済的・家族的環境、初めて触れたクルマが与えたインパクトなどが影響し、形づくられるものだと思っている。
1970年代に生まれた僕の嗜好は、クルマを道具ではなく、ある種の生き物として認識している。キャブレター、重いステアリング、エアコンなどの快適装備はなく、付いているのはヒーターとラジオくらい。安全装置に至っては皆無。それでもひとたび走り出せば、路面からのインフォメーションをダイレクトに感じ、まるで馬を乗りこなすように機械と対話しながら走っていく。空気とガソリンが混ざり、スパークプラグが発火した瞬間にその爆発力はトランスミッションやクラッチを介してタイヤに伝わっていく。そんな工程を想像しながら、五感を研ぎ澄ませて走る。そして、そのクルマと走るたびに、特性や弱点を見つけ出すこともできる。それを把握しながら、ときにクルマの長所に感心し、ときにクルマの短所を自分の運転技術で補う。そのような共同作業で走っていけるクルマが、僕は大好きだ。
タイヤサイズはGTラインのみ205/45R17。アリュール、スタイルは195/55R16となる多くの人はこの嗜好に共感できないと思うし、本人もそれを自覚している。しかし、嗜好というものはごく個人的なものであり、優劣を付けるものではない。だから「この嗜好こそがすばらしい」と世間に喧伝するつもりもない。自分の嗜好を隅に追いやって、他人の嗜好を受け入れるつもりもない。
208を道具としてのクルマ、プロダクトとしてのクルマと捉えるとすばらしいと思う。しかし、僕個人のクルマ観を通すと、まったく逆の方向性を持っている。208はタイヤが4つ付いているクルマであっても、現代のクルマはまったくの別物として認識する必要があると思っている。僕は(経済的なことは別として)208を買ってもいいと思っているが、買うとしたらもっと原始的な古くさいクルマを手に入れたときかもしれない。

 

TEXT & PHOTO/Morita Eiichi

 

2020y PEUGEOT 208 1.2 GT Line PureTech100

全長×全幅×全高/4095mm×1745mm×1465mm
ホイールベース/2540mm
車両重量/1090kg
エンジン/直列3気筒DOHC 12バルブ ターボ
排気量/1199cc
最大出力/100PS(74kW)/5500rpm
最大トルク/205Nm(20.9kgm)/1750rpm

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